🕯️ 夜話クロニクル · 欧州20大伝説監獄&フランソワ・ピコー調査録夜の読書 · 約6分
フェネストレルの亡霊、あるいは血染めの盤上遊戯
アルプスを貫く石牢の地獄から巴里の血腥き暗渠の辻まで――命を奪われた靴職人フランソワ・ピコーが仕掛けた、冷徹無比なる復讐の軌跡。
一、高嶺の掩体壕に蠢く生ける屍
錆びついた閂(かんぬき)が軋む乾いた音にしか破れぬ静寂がある。1807年の秋、ピエモンテの氷雪吹き荒ぶ稜線に築かれた恐怖の巨城、フェネストレル要塞の受刑囚人名簿に、ひとりの人間の名は記されていなかった。そこに刻まれたのは、ただひと筋の影に過ぎぬ記号――囚人ピコー。フランソワ・ピコー。貧しき靴職人の若衆としてラングドックのニームより花の巴里へ上り、ささやかな夢と麗しき許婚マルグリット・ヴィグルーへの思慕を胸に抱いていた男は、祝言の前夜、忽然として地の表から掻き消えた。嫉妬に狂った四人の悪友が認(したた)め、警視総監フーシェの警察省へ投げ込んだ一通の匿名密告書が、何の手落ちもない彼を英国の手先たる密偵へと仕立て上げたのである。審問もなく、裁判の恩赦もなく、アルプスの生岩を刳り抜いた湿地獄の鉄扉が彼を呑み込み、七年の歳月が忘却の底へ流れた。
腐爛した藁布団の悪臭と、石壁から滴る地下水の闇の中、ピコーは正気を失って果てるはずであった。だが運命は、鉄鎖を共にする隣人の姿を借りて現れた。皇帝ナポレオンの勅令に抗った廉で獄に投ぜられたミラノの高僧、トリ神父である。二人の囚徒の間には、石壁の亀裂を介して魂の通い路が穿たれ、そこを涙と祈り、次いで現世の知られざる秘密が往来した。1814年、臨終の床に就いた老神父は、イタリアの修道院領に秘匿された莫大な財宝の所在を、このニームの男に託した。帝政の瓦解とともにオーストリア軍がフェネストレルの重扉を開け放ったとき、かつての無邪気な職人の姿は消えていた。生ける墓穴より這い出でたのは、無尽蔵の黄金を帯び、己を殺して生かした四人の悪徒を根絶やしにせんと執念を燃やす、豪富の復讐鬼であった。
二、初手の一撃と金にて購われた告白
王政復古に沸き立つ巴里の街角において、ジョゼフ・リュッシェと名乗り乗合馬車を降り立った、蝋のように青白く二十歳も老け込んだ男の正体を見破る者は誰一人としていなかった。彼のマルグリットは、ピコーの失踪から二年と待たず、密告者の首魁であるマチュー・ルピアンと祝言を挙げていたのである。ルピアンはいまやイタリア大通りの名高い料理店主として羽振りを利かせ、ピコーの破滅の上に築いた豪壮な金唐革の広間に君臨していた。共犯者たるショバールとソラリは彼の食卓に群がって美酒佳肴に飽食し、第四の男アントワーヌ・アリュのみが、身から出た錆たる赤貧の闇の底で悔恨の毒に身を苛まれていた。
「神の歩みは人の如く急くことはない。だが、その御手が下されるとき、地の上には塵芥ひとつ残ることはないのだ。」
ピコーの狩りは、刃ではなく真実の探訪から始まった。イタリア僧バルディーニ神父に変装した彼は、オルレアンの陋劣な酒場に身を潜めるアリュを嗅ぎ出した。眩いばかりの無疵の金剛石を掌に輝かせ、1807年の密告の経緯を明かせばこの至宝を与えようと持ちかけたのである。卑小な強欲は忽ち男を屈服させた。アリュは陰謀の全貌を白状し、ルピアン、ショバール、ソラリの罪状を余すところなく売り渡した――己がその謀議を黙認した共犯者であることだけは慎重に伏せながら。罠の撃鉄はここに落とされた。数日ののち、ポン・デザール(芸術橋)の下流からショバールの屍が引き揚げられた。その胸を貫いた短剣の黒檀の柄には、焼き鏝(ごて)でただ一言、冷酷な文字が刻まれていた――第一番、と。
三、料理店ルピアンに張り巡らされた蜘蛛の巣
凶行を終えた復讐者は逃走などせぬ。むしろ敵の懐深くへと浸透していった。ピコーは赤毛の鬘を被り、プロスペルと名乗って給仕の仕着せを纏い、他ならぬルピアンの店へと雇い入れられたのである。かつて己の許婚を寝取った男に料理を運び、卓を清め、深夜にこぼされる愚痴の聞き役となった。裏切り者たちの胸中に、得体の知れぬ恐怖が澱のように沈殿していった。ソラリはある夜の豪奢な晩餐の後、突如たる激しい目眩に襲われ、腸を捻り切られるような悶絶の果てに絶命した。療養所の冷たい死衣の胸元には、見えざる手によって一枚の不気味な紙片が留め置かれていた――第二番、と。
残るはルピアンのみとなった。だがこの男にとって、一瞬の死などはあまりに甘美な慈悲に過ぎぬ。ピコーが求めたのは、奈落の底の完全なる絶望であった。地獄の時計職人のごとき冷徹な精緻さをもって、偽給仕は店主の家業を徐々に破産へと追い込んでいった。次いでその血脈を標的とし、ルピアンの愛娘を某国の貴公子と偽る男と婚姻させ、社交界の笑い草へと引きずり落とした。その貴公子の正体は、ピコーが金で雇い入れたブレスト軍港の脱獄重罪受刑者にほかならなかった。祝宴の翌朝、醜聞は白日の下に晒された。その数時間後、猛火がルピアンのカフェを舐め尽くし、建物を瓦礫の灰燼へと帰せしめて、裏切り者の財産をことごとく奪い去った。打ち拉がれた男には、ただ一人の息子が残されていた。ピコーは偽りの証拠を仕掛けてこの少年を窃盗の廉で告発させ、二十年の徒刑囚として流刑地へ送り込ませたのである。
四、血の饗宴と復讐者の奈落
1828年のある夜、人影も絶えたテュイルリー宮の庭園を、襤褸をまとい、正気を失って彷徨うひとりの乞食の姿があった。破滅し尽くしたマチュー・ルピアンである。漆黒の茂みから、一条の影が音もなく躍り出た。蒼白い月光の下、抜き放たれた刃が閃く。切っ先を心臓へ突き立てる刹那、男は給仕の仮面を脱ぎ捨て、痩せ衰えた顔を獲物の眼前に突きつけ、息絶えゆく耳元に己の真の名を囁いた。ルピアンは断末魔の絶叫をあげ、庭石の塵の上に崩れ落ちた。ピコーは血塗られた厚紙を懐から取り出すと、その骸の上に冷ややかに投げ捨てた――第三番、と。
しかし復讐とは、それを育む者自身をも喰らい尽くす狂気の怪異にほかならぬ。ピコーには勝利の美酒に酔う暇(いとま)さえ残されていなかった。巴里の闇の奥底から、より狡猾なる影が彼を狙い澄ましていたのである。バルディーニ神父と怪死事件の連鎖の裏に潜む者の正体を悟ったアントワーヌ・アリュが、復讐者を背後から急襲したのだ。殴打され、猿轡を噛まされたフランソワ・ピコーは、じめじめとした地下室の床へ叩き落とされ、かつての石牢を歪に模した鉄鎖に繋がれた。
アリュが求めたのは正義などではない。ひたすらに黄金であった。彼は何週間にもわたりピコーを飢餓の責め苦に遭わせ、イタリアの隠し財宝のありかを吐かせるごとに、一片の乾パンと一口の水を法外な数千フランの代償として売りつけた。もはや一文の金も残されず、再びフェネストレルの死に損ないの囚徒へと逆戻りしたピコーが口を閉ざすや、アリュは盲目の狂乱に駆られて彼を滅多打ちにして屠り、英国へと高飛びした。1828年、ロンドンの臨終の病床において、この息絶えゆく罪人がひとりの神父に戦慄すべき手記を託して告解を遂げたことで、はじめて巴里警察の古文書庫に恐るべき真実の調書が収められることとなった。そしてこの血腥き記録こそが、のちにアレクサンドル・デュマの筆を得て、不滅の巨編『モンテ・クリスト伯』――エドモン・ダンテスの壮大な復讐譚として結実することになるのである。