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Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
詐称と巨万の富 · ドイツ

見えざる屋敷の伯爵

ベルリン、1852年〜1853年。針子ヴィルヘルミーネ・クラウスは、ロシアの富裕な伯爵や国王から屋敷や領地が下賜されると偽り、名義書換の手数料名目で雇い主の仕立屋バウマンから金を巻き上げた。1853年5月10日の公判で彼女は私利私欲による犯行を認め、禁錮四月および百ターラーの罰金刑を言い渡された。

W・F・バウマンは、ただの一坪の領地すら目にせぬうちから、すでに公爵兼伯爵たる身分として署名を重ねていた。針一本を握り締めて生きてきたこの仕立屋は、一度も見えたことのない君主に宛て、神聖なる誓詞の末尾に名を認めていたのである。彼の頭の中では、それは戯れ事などでは毛頭なかった。間もなく幾多の屋敷や広大な所領、そして輝かしき爵位が手に入るものと信じて疑わなかったのである。自らの工房で雇っていた一人の若い針子が、ロシアの貴顕が莫大な富をもたらしてくれると吹き込んでいたのだ。

ヴィルヘルミーネ・フリーデリケ・クラウスが、仕立親方バウマンの仕事場に入ったのは1852年6月のことであった。記録によれば、当年十六歳、小柄で華奢、蒼白い顔立ちの娘であったという。バウマン自身も背が低く、病弱な男であった。二人の間にやがて親密な情が通い合うようになったが、婚姻の約や生涯を共にする誓約があったか否かは定かではない。この近しさゆえに、若い職工の娘は雇い主の胸襟を開くことができたのだが、それだけでは、男がこれほどまであっさりと虚言を呑み込んだ理由の説明にはなるまい。

その年の12月、娘は雇い主に、莫大な富を誇るロシアのブリロフ伯爵なる人物と懇意にしているのだと語り始めた。毎夜その屋敷へ通っては、金貨の詰まった袋を数える手伝いをしているのだという。金札があまりに唸るほどあるため、伯爵は一ターラーや五ターラーの紙幣でパイプに火を点けるほど豪奢を極めている、と娘は語った。さらに、バウマンがいかに貧苦に喘いでいるかを伯爵に話したところ、大いに力添えをしてやろうと約束してくれた、と言い添えた。

その助力とやらは、まず不可思議な投資の形をとって始まった。バウマンが毎日十ジルバーグロッシェンずつヴィルヘルミーネに渡し、それを伯爵が日々満たしている銭袋へ足していくのだという。小銭が小銭を生み、時が経つにつれてバウマンの取り分は雪だるま式に膨らんでいくという筋書きであった。仕立屋はこの話に乗り、求められるまま毎日金を差し出した。架空の伯爵との間に契約書が交わされたわけでも、受領証が発行されたわけでもない。すべては娘の舌先三寸にかかっていた。

降誕祭を迎える頃、この目に見えぬ富に、あたかも公の威光が添えられたかのような出来事が語られた。市に出ていたところ、プロイセン王子が伯爵の演説に耳を傾け、自らの馬車に招じ入れた後、娘をも宮殿へと伴ったというのである。その席で王子から金剛石の指輪を賜ったが、誰にも見せてはならぬと言い含められたのだと娘は告げた。見ることを禁じられているという口実そのものが、現物の不在を正当化していたため、バウマンは確かめようもなかった。

やがて娘は、ブリロフ伯爵がベルリン市内に三十四軒もの屋敷を所有しており、そのうち六軒をバウマンに譲る意向であると言い出した。管財人が上級裁判所(カンマーゲリヒト)で所有権移転の登記を行えば事足りるという。ただし、書類一通につき十五ジルバーグロッシェンの印紙代が必要であり、かかる費用まで寛大なる伯爵に負担させるわけにはいかない、と娘は説いた。バウマンは言われるがまま費用を用立てた。下賜される物件はさらに増え、娘の語るところによれば、ついには十五軒の屋敷を譲り受ける手はずになっていた。見分けることも住まうことも叶わぬ屋敷であったが、仕立屋はすでに自らがその主であると思い込んでいた。

ノイシュタット=エーバースヴァルデの領地は、さらに広大なものであった。伯爵はこの領地を自ら経営しきれず、ぜひともバウマンに任せたいと望んでいる、と娘は説いた。しかし法律上の複雑な手続きを片付けねばならず、マンショイフェル首相をはじめ、枢密顧問官や市裁判所の役人までが総動員されているのだという。ベルリンとノイシュタットの間で電信が飛び交っているとも聞かされた。行政用語や各種の手数料など、細部はすべて実在の官衙の仕組みから借りてこられたものであり、実在の省庁の存在が、哀れな仕立屋には到底見抜く術のない、まことしやかな書割となって嘘を彩っていた。

さらにヴィルヘルミーネは、自らマンショイフェル首相に目通りし、香油の小瓶や帯留め、汽車を模した玩具といった些細な品を賜ったと言い募った。バウマンの目に見えるこれらの小道具が、確かめようのない高官との謁見に真実味を与えていたのである。1853年1月、大風呂敷は頂点に達した。娘は、国王と晩餐を共にしたと豪語し、陛下はベルリン市内に七百十軒もの屋敷を擁しておられると告げた。そして国王は、それらの屋敷を二十三アルパンの土地とともにバウマンへ下賜し、彼を貴族に叙爵するお考えであるという。さらには、ホーエンツォレルンをはじめとする名うての貴族の家名をいくつか提示された、とさえ騙った。

もはや日々の十ジルバーグロッシェンどころの騒ぎではなかった。印紙代は嵩み、王室の直裁を仰ぐ用件には莫大な経費がかかる、と娘は言い張った。バウマンは印紙代として百ターラーを注ぎ込み、さらに同額の借金まで背負い込んだ。見かねた知人らが目を覚まさせようとしたが、彼は耳を貸さずに退けた。実兄に宛てて認めた書簡には、赤貧を脱して堂々たる貴族の仲間入りを果たすのだという、熱に浮かされた男の歓喜が溢れていたと記録は伝えている。

だが、バウマンが進捗を直に確かめようとしたとき、この虚飾の歯車は破綻した。首相との面会を描いた冒頭の挿話は、原典の著者がことわっている通り、街頭の巷説にすぎず、公判記録に依拠したものではない。動かぬ事実として記録されているのは、バウマンが被害を訴え出た後に開始された二通りの取り調べである。一つは彼が欺罔されたのか否かを確かめるものであり、もう一つはヴィルヘルミーネの刑事責任を追及するものであった。法官らは、バウマンに事理を弁識し財産を管理する能力があるかを鑑定させた。鑑定の結果、この件においては盲信に陥っていたものの、全般的な分別能力はなお備わっていると結論づけられた。

クラウスは主たる事実を速やかに自白した。1853年5月10日のベルリン刑事裁判所における公判で、娘は当初こそ首肯するばかりであったが、やがて口を開き始めた。受け取った金高については争わなかった。なぜそのような考えが浮かんだのかは自分でも分からぬと述べつつも、私利私欲からバウマンの金を騙し取ったことを最後には認めた。印紙代と偽って巻き上げた金は、菓子や砂糖漬け、玩具の購入に使い果たしたという。

バウマンは主たる証人として証言台に立った。伯爵の途方もない富の証が、お伽噺のように豊かな色彩で語られたため、信じ込んでしまったのだと彼は弁明した。かの伯爵は金の延べ棒すら送ってよこしたはずであったが、途中で御者の馬が暴れて届かなかったのだ、とまで語った。またバウマンは、公国や伯爵領の受領をあらかじめ承諾し、未来の臣民に忠誠を誓うべく認めた誓約書の控えを提出した。裁判所はここに、単なる金銭の授受のみならず、被害者の心理に深く巣食った虚言の作用をまざまざと見せつけられた。新たな出費を重ねるたび、それまでの散財を無に帰すことが耐え難くなり、贈与の話は雪だるま式に肥大化していったのである。

娘の実母は、我が子は幼少の折から虚言の癖があったと証言した。もっとも、身内のこうした評言が個々の犯行事実の証拠となるわけではない。物的証拠は極めて明瞭であった。託された金銭の額、屋敷や王室との縁顧にまつわる虚構の物語、必要と偽られた印紙代、そして金を着服したという被告人の自白である。記録によれば、検察官は処罰を求めつつも、バウマンの軽慮盲信は被告人の情状を酌量すべき一因であるとの見解を示した。

裁判所はヴィルヘルミーネに対し、禁錮四月および百ターラーの罰金刑を言い渡した。罰金を完納できぬ場合は、さらに二月の禁錮を科すこととされた。約束された屋敷や広大な領地と引き比べるならば、この刑罰は微々たるものに見えたかもしれない。しかし、それらの財産はバウマンの手の中に一度たりとも実在したことはなかったのだ。現実に所有者を移したのは、日々のわずかな小銭と、印紙代と、幻の登記手続を追い求めるために借り入れられた金にすぎなかった。

ホーエンツォレルンの王家は何の書類にも署名していなかった。上級裁判所の台帳のいずこを探そうとも、バウマンの誓約をまことの権利書へと化せしめる記録は存在しなかった。一件の記録は、費消された金銭と、一箇の自白と、四月の禁錮刑をもって閉じられた。公爵の夢から醒めた仕立屋の手には、かつてと同じ小銭の冷たい重みだけが戻ってきたのである。富の約束というものは、自らその真偽を確かめようとせぬかぎり、手のひらの中にいつまでもとどまり続けるものなのだ。

資料考証:本篇は『新ピタヴァル(Der neue Pitaval)』所収の回顧録篇「ヴィルヘルミーネ・クラウツ」(1853年5月10日ベルリン地方裁判所の公判記録に基づく)に依拠している。同篇の標題には「Krautz」とあるが、本文の光学文字認識(OCR)テキストには「Krauß」および「Kraus」の表記も混在する。本稿では物語上の表記として「Krauß(クラウス)」を採用したが、原本図版の対校を経ていないため、正式な綴りを確定するものではない。なお、冒頭に記されたマンショイフェル首相邸での謁見話について、原著者は公式記録に基づくものではなく民間の風説であると注記しており、確定した事実としては扱っていない。ブリロフ伯爵、プロイセン王子、および国王から持ちかけられたとされる下賜の話は、すべてヴィルヘルミーネの言立てとして記録されたものであり、史実ではない。

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中篇小説(ノヴェラ)

十五スーの印紙

架空の町を舞台に、一人の見習い針子が雇い主に対し、素性を隠した篤志家が仕事場と屋敷を譲り渡す約束をしてくれたと語り出す。手続きを急ぐ口実として娘は登記費用をねだるが、手渡された小さな受領証には実在しない役人の名が記されていた。夢が検証可能な現実に直面した瞬間、仕立屋は自らの淡い望みに縋り続けるか、司法の場に書類を突き出すかの苦渋の決断を迫られる。人の心の揺らぎを劇的緊張へと昇華させた掌篇小説。

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長篇小説(ロマン)

誰も見ぬ屋敷

身を持ち崩した商人に、王室の遺産が舞い込む手はずになっていると吹き込む針子の物語。男が工面した借金は、二人がそれぞれに思い描く幻の生活を養う糧となっていく。だが、本物の権利証を求める執行官が訪れたとき、甘美な虚構は私的な談話室を飛び出し、法廷の白日の下に晒される。信用の危うさ、騙された男の羞恥、そしてすでに払った代償の重さゆえに嘘を信じ続けざるを得なくなる心理を描き出す長編小説。

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大河三部作(トリロジー)

幻の富を待つ人々

実証の手続きを口実に前受金を要求する「巨万の富の約束」を巡る三部作。第一部では書簡の中にしか存在しない異国の領地を、第二部では偽造された印章によって受け継がれる相続財産を、第三部では誰の持ち物でもない宮殿の売却を街ぐるみで待ち望む人々の狂騒を描く。個人の胸に宿った夢が、いかにして集団の盲信へと伝播し、やがて本物の書類が突きつけられて瓦解していくかを重厚に追う大河小説。

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歴史的典拠と文学的再構成について

『新ピタヴァル(Der neue Pitaval)』第二十二巻(第二輯第十巻・1861年第二版、305〜317頁)所収の回顧記事「ヴィルヘルミーネ・クラウツ(Wilhelmine Krautz)」に基づく翻案。原著の注記によれば、冒頭の首相邸における場面は巷間の俗説に類するものであり、公判調書に拠るものではないため、確定した史実としては扱われていない。章題には「Krautz」と記されているが、本文OCRには「Krauß」および「Kraus」の表記も見られる。本稿では物語上の便宜として「Krauß(クラウス)」の表記を採用したが、原本の対校を行っていないため確定的な人名表記ではない。作中に登場する爵位、屋敷、領地の下賜の話は、すべてヴィルヘルミーネの陳述および虚言に基づくものである。

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