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Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
裁判とスキャンダル · 英国

見知らぬ者を告発した証人

一七二八年五月二十日、それぞれ異なる罪科に問われた十名の男が刑場の露と消えた。法廷の記録は、彼らが残した証言、否認、そして告白の数々を克明に留めている。とりわけ理髪師リチャード・ニコルズの辿った運命は痛ましい。偽証に及んだ密告者トーマス・ニーヴズは、後に男の顔すら見たことがなかったと自白し、罪なき者を死に追いやったことを認めたのである。

アンドルー・モランの屋敷から、銀時計九個と金時計一個が盗み出される事件が起きた。この咎により、四十歳になる理髪師兼かつら職人のリチャード・ニコルズが、主としてトーマス・ニーヴズの証言を根拠として断罪された。当時の記録によれば、ニコルズはそれまで謹厳実直な暮らしを送ってきた人物であり、盗難への関与を一貫して否定していた。だが後日、ニーヴズ自身がタイバーンの処刑場へと引き立てられた際、逮捕されるまでニコルズの顔など見たこともなかったと白状し、偽証によって無実の者を死に至らしめた罪の赦しを乞うたという。この日、同じ刑場に送られた十名の男たちは、それぞれ異なる徒党に属し、まったく別の罪状によって裁きを受けた者たちであった。

一七二八年二月二十八日、クリストファー・ローリンズ(別名トーマス)、アイザック・アシュリー(別名オールズビー)、ジョン・ラウデン(別名ハルクス)の三名が、辻馬車で旅の途上にあったフランシス・ウィリアムズを襲撃し、銀時計一個、二ギニー金貨、そしてモイドール金貨一枚を強奪した廉で告発された。被害者ウィリアムズの陳述によると、御者を威嚇して馬車を止めさせた男が一丁の短銃を手に詰め寄り、さらに四名の仲間が窓口を取り囲んで金品を要求したという。そのうちの一人が懐を探り、時計を奪い去った。一味の仲間から検察側の証人へと転じたドルトンなる男の証言によれば、自らが現金を奪い、ラウデンが時計を手に入れたのだという。ドルトンはさらに、ローリンズとともに一ギニーを仲間から隠しおおせ、奪った時計を質に入れてさらに二ギニーを得たと暴露した。

また別の証人ジョーンズは、法廷に現物の時計を提出し、それはドルトンから譲り受けたものだと申し立てた。ドルトンは法廷で前述の被告三名と、いまだ捕縛に至らぬ第四の男の名を挙げ、各々の手口を事細かに語って聞かせた。被告らは身に覚えがないと強く抗弁し、ドルトンなる男など見知らぬと主張した。しかし、彼らに宿を貸していたワイアットという家主がその嘘を暴いた。家主は被告らと昵懇の間柄であり、全員が自らの家に寄宿していたと証言したのである。捕縛の折、警吏らは武器を押収しており、記録によればローリンズとラウデンは剣を抜いて抵抗し、アシュリーは寝台の下へ潜り込んで身を隠していたという。

この三名の審理において、記録はニーヴズの証言を直接の根拠とはしていない。ウィリアムズの襲撃事件は、他の証言者たちの言動と法廷に提出された証拠の時計によって立証されたからである。年代記は次いで、別の告発の数々へと筆を移す。エドワード・ベンソン(記録にはブラウンあるいはボイストンとも記される)は、「キディ・ジョージ」の異名をとるジョージ・ゲイル、ならびにトーマス・クラウダーとともに、ジェームズ・コルヴァーを襲って時計一個と五シリングを奪った嫌疑で裁かれた。彼らの悪事に加担していたニーヴズが捜査官に内報をもたらし、三名はいずれも有罪を言い渡されたが、彼らの命運がニーヴズの一言のみによって決したとまでは断定されていない。

弱冠十七歳ほどであったゲイルは、己の無実を晴らす知己も庇護者も持たぬことにつけ込まれ、ニーヴズの罠に嵌められたのだと訴え出た。ベンソンもまたこの申し立てを一部裏づけ、罪に問われた強盗は自らが単独で行ったものだと証言した。ゲイルは盗賊稼業に手を染めていたこと自体は認めたものの、問題の襲撃への関与だけは最期まで頑なに否定し続けた。当時の記録は双方の言い分をありのままに留めるのみで、いずれに真実があるかを明らかにする再捜査の記述は残していない。

トーマス・クラウダーはかつて指物師の徒弟を務めたのち、海に職を求めた男であった。航海から戻った折、オランダとの交易話を持ちかけてきたニーヴズと知己を得た。記録によれば、クラウダーは数日間をニーヴズと過ごし、その婚礼の席にも立ち会ったが、ほどなく捕縛され、ベンソンやゲイルとともにジェームズ・コルヴァーを襲撃した一味として告発された。クラウダーは襲撃との関わりを真っ向から否定し、商売の甘言に誘われたにすぎないと主張した。しかし、ニューゲート監獄の教誨師はクラウダーを有罪と信じるに足る理由があると記している。ある紳士の話として、クラウダーが処刑当日の礼拝堂において罪を自白したと伝えられたからである。だがこの話は伝聞に依拠するものであり、ニーヴズの告発とはまた出所を異にしていた。

ジェームズ・トゥーンもまた、ニーヴズの供述によって命を落とすこととなった一人である。トゥーンに科された罪状は、ある年の四月三日、ゲイルおよびベンソンとともにジェームズ・フレミングを襲撃し、銀時計一個と二ギニーを強奪したというものであった。かつて水夫や船頭として生計を立てていたトゥーンは、自らの放蕩無頼な生涯を悔い改めはしたものの、その強盗事件への加担だけは断固として否認した。事件の起きた年号は記録に記されていない。下された宣告ののち、最期の声明に至るまでトゥーンは否認の姿勢を崩さず、獄中に繋がれた日々を自らの生を省みる恩寵として受け止め、神の配剤に静かに身を委ねたと伝えられている。

ジョン・ホーンビーの事件は、街道筋においてエドワード・エリスから銀時計一個と二ギニーが奪われた一件に関わるものであった。原典に描かれるホーンビーは、すりから身を興し、やがて凶悪な辻強盗へと身を落としていった若き大工である。彼は悪事に手を染めていた事実こそ認めたものの、己が絞首台に送られる原因となったその犯行だけは決して認めようとしなかった。まだ妻子を養う甲斐性もない若さで所帯を持ち、親族に多大な塗炭の苦しみを与えたことを涙ながらに悔やんでいたという。一方、ウィリアム・セフトンに対する罪状は、ヘンリー・バンを襲って銀時計、外国の金貨二枚、そして二ポンド十一シリングを強奪したというものであった。セフトンは罪を自供し、記録には名が残されていない某かの男に教唆されて凶行に及んだのだと申し立てた。

記録はさらに、死刑囚たちが死に臨んで示した様々な態度を、一括りにすることなく描き出している。ローリンズは自らが犯した罪業の数々を認め、ラウデンもまた判決の正当性を受け入れた。ローリンズは以前と変わらぬ粗暴な気性を覗かせ、悔悟の言葉を口にしたかと思えば神をも恐れぬ放言を吐くこともあった。しかし死刑執行令状が届いてからは幾分か落ち着きを取り戻し、祈りに身を捧げるようになったという。それでも処刑の数日前には、礼拝堂の説教台の敷物に付いていた房飾りを切り取る奇行に及んでいる。アシュリーは数々の盗みを白状したものの、死刑の理由となった襲撃への関与だけは否認し、これについてはローリンズやベンソンも彼の無実を証言した。処刑の直前の日曜日、アシュリーは礼拝堂から手巾数枚を盗み出しており、刑場で教誨師にその仔細を問われると、生き長らえるためであったと平然と答えた。

他方、ベンソンは己の咎状を認め、放埒に流れた私生活に悔恨の情を示した。それぞれが正妻であると主張して譲らない二人の女と、重婚の罪を重ねていた事実を告白したのである。ゲイルは他の悪行を認めつつも辻強盗への関与を拒絶し、クラウダーは最期まで交易話に騙されたのだと言い張り続けた。トゥーンとホーンビーは罪に塗れた半生を告白しながらも個別の容疑を断固として拒み、セフトンはバン襲撃の罪を素直に認めた。これらの食い違う証言の数々は、下された死刑判決を覆すには至らなかった。しかしそれらは、この十名の男たちが決して単一の徒党ではなく、ひとつの裁判で裁かれたわけでも、等しい役割を果たした共犯者たちでもなかったことを雄弁に物語っている。

一七二八年五月二十日、十名の命はことごとく絶たれた。その年齢は、最年少のゲイルが十七歳、最年長のニコルズが四十歳であった。己の犯した罪を認めて散った者もいれば、最期まで無実を叫び続けた者もいた。そして後日になって明かされたニーヴズの告白は、自らが証人台で放った言葉がいかに残忍な虚構であったかを白日の下に晒すこととなった。この十名の足跡は、単なる一括りの処刑記録にとどまるものではない。そこには、性質を異にする強盗の数々、真偽の定まらぬ証拠、そして、もはや露と消えた無実の命を救うことの叶わなかった、あまりにも遅すぎた懺悔の言葉が深く刻み込まれているのである。

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この実在事件の記録をお読みいただきありがとうございます。本事件をもとに3つの小説企画(中篇・長篇・三部作)を構想しています。あなたが最も読みたい作品にぜひご投票ください。

中篇小説(ノヴェラ)

路地の尽きる角の証人

三件の路上強盗をことごとく目撃したと主張する検察側の重要証人。しかし同じ刻限、遠く離れた界隈で第四の犯行が起きていた。処刑を待つ被告の妹は、質屋の元帳から別の男の手で持ち込まれた懐中時計の記録を見つけ出す。それを法廷へ提出するためには、主人の罪を隠すべく日付を改竄した書記の頑なな口を割らねばならない。ただ一時間のずれが、確たる証拠と偽証の分水嶺となる歴史法廷中編小説。

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長篇小説(ロマン)

留め金の刻印

市場で起きた時計盗難事件の廉で、減刑を狙う密告者の証言により宿屋の給仕が死罪を言い渡された。だが新米弁護士は、証拠品の留め金に家宅捜索の前には存在しなかった微小な刻み傷を発見する。裁判官のために時計を修繕した時計職人を証言台に立たせることができるか。証拠を偽造したのは何者か。裁きを覆すべく奔走する若き法曹の戦いを描く歴史犯罪長編小説。

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大河三部作(トリロジー)

タイバーンの供述調書

第一部では辻馬車を襲撃した四人の兇徒を追い、第二部では一味を裏切った証言者によって壊滅する押し込み強盗団を描き、第三部では身に覚えのない人相確認によって絞首台へと送られる男の悲劇を追う歴史犯罪三部作。それぞれ独立した三つの事件を通して、密告者の言葉、押収された証拠品、そして処刑直前の遅すぎた証言撤回が孕む闇を暴き出す。

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1つの事件につき1票(いつでも変更・取消可能)。多くの支持を集めた企画から順次書籍化を進めます。投票データの保存について。

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歴史的典拠と文学的再構成について

本篇は英国ニューゲート監獄の記録「newgate-124」(単語数3,430語、SHA-256:4803c969bf7485525585dd4ba6bcd83f7127e4479d81fc88c39afcbf7d53f9ba)の全篇精読に基づく。原典は、処刑された十名が異なる徒党に属し、それぞれ別個の罪状によって刑に処された事実を明記している。本文ではフランシス・ウィリアムズの強盗事件(1728年2月28日、ドルトン、ジョーンズ、ワイアット、ウィリアムズの証言)と、ニーヴズが密告者となった一連の告発を厳密に区分し、すべての死刑囚にニーヴズの関与があったかのような混同を避けている。原典は十名の処刑日を一七二八年五月二十日と記録する。また、ニーヴズが逮捕以前にリチャード・ニコルズの顔を知らず偽証に及んだことを認めた件は、ニコルズ個人の冤罪に関わるものであり、他の受刑者全員の判決を覆すものではない。なお、重複検証として、この十名またはウィリアムズ/コルヴァー/フレミング/エリス/バン/モランの事件を専門に扱った公的記録集は他に見当たらない。草稿「フォスター・スノー」に登場するトーマス・ローリンズは一七二五年に死亡した別人物であり、一七二八年に処刑されたクリストファー(別名トーマス)・ローリンズとは異なる。また草稿「ラッセル/クラウチ/ホールデン」にもアイザック・アシュリーの名が現れるが文脈が異なり、処刑日こそ同一(1728年5月20日)であるものの、別個の集団および犯行を扱っている。本篇では同草稿に描かれた処刑場面の描写を重複して用いてはいない。

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