本文へ移動
Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
裁判とスキャンダル · イングランド

アデアの債券

一七七五年三月、双生児のロバートとダニエルのペロー兄弟に帰された偽造債券が露見した。オールド・ベイリーでの有罪判決、翌一七七六年一月十七日のタイバーンにおける処刑、そして共犯と目されたマーガレット・キャロライン・ラッドの単独無罪判決に至る顚末を辿る。

一七七五年三月十日、一通の偽造債券の発覚により、ボロウの年代記によればかねてより続いていたとされる不正の一端が白日の下に晒された。その証書にはウィリアム・アデアの署名が記され、巨額の支払いが約されていた。ロバート・ペローはこの紙片をドラモンド銀行へ持ち込み、五千ポンドの融資を申し入れた。銀行主は躊躇した。その筆跡に不審を抱いたのである。証書は翌日まで留め置かれることとなった。その折、海軍本部の書記官スティーヴンスが同行を訪れ、手持ちのアデアの書簡と署名を引き合わせ、偽筆であると断じた。翌日ロバートが再訪すると、ドラモンドは連帯保証人たる名義人本人を訪ねようと提案した。ロバートは何ら異存を唱えず、これに同行した。

アデアは債券に署名した覚えはないと否定した。ロバートは微笑を浮かべ、冗談はおやめくださいと応じたが、アデアはこれは冗談で済む事態ではないと冷ややかに告げた。ロバートは、自分は何者かの悪ふざけに担ぎ出されたのだと弁じ、債券を取り戻して自ら真相を究明したいと求めた。しかしドラモンドは証券の返還を拒んだ。五千ポンドの現金を手にするはずだったロバートは、金を得るどころか、持参した紙片さえ手元に戻らぬまま立ち往生することとなった。

ロバートは薬剤師であり、それまでは良からぬ噂のない堅実な人物と目されていた。双子の兄弟であるダニエルは、より派手で富裕な暮らしを営んでいた。そのダニエルと同居していたのがマーガレット・キャロライン・ラッドである。やがてこの三者の名が偽造債券をめぐって浮上することとなった。ロバートは自らも騙されたのだと主張し、ダニエルもまた故意の関与を否定し、署名を偽造したのはラッドその人であると名指しされた。捜査の焦点は、誰が筆を執ったのかという点のみならず、誰が貸し手の元へ証券を持ち込み、引き出された巨額の金を懐にしたのかを明らかにすることにあった。

トマス・フランクランド準男爵は、かつて同様の証券を担保に、まず四千ポンド、次いで五千ポンド、さらに四千ポンドと立て続けに融資を実行した経緯を証言した。最初の四千ポンドについては、すでに完済されていたという。

詮議が進むにつれ、余罪が次々と露見した。ヘンリー・ドラモンドの記憶によれば、一万二千ポンドに及ぶ地所購入資金としてロバートに千四百ポンドを用立てたことがあった。その際、ロバートはハーレー街の邸宅の権利書を担保として差し入れ、十日後の再訪を約していた。約束の日に現れたロバートは、アデアの債券を差し出して五千ポンドの融資を求め、先の借入金をそこから清算したいと申し出たのであった。

ブルック医師は、金員が詐取された別の手口を明かした。額面百ポンドのエアー銀行券十五枚が、三千百ポンドの偽造債券と引き換えに交付されていたのである。また代書人のウィリアム・ワトソンは、兄弟のいずれか一方から依頼を受けて八通の債券を作成したと証言した。どちらの依頼であったか、二人の容貌が生写しであったため確答をためらったが、追及されるとダニエルの名を挙げた。

召使のムーディは、ラッドの使い分ける二つの筆跡について証言した。一方は家事向きのありふれた筆跡であり、他方はアデアの名を騙る書簡に用いる筆跡であったという。ムーディの言によれば、彼女は文字によって羽ペン、インク、紙をことごとく変えていた。そうして認めた手紙を彼に託し、主人の留守中にアデア直々に持参した体裁を装ってダニエルに手渡すよう命じ、役目を果たすたびに半クラウン貨の小遣いを与えていたという。ボロウが記す審問録によれば、ロバートはラッドに対し、あの債券を自分に渡したのはそなたかと問い質した。ラッドは自らが偽造したことを認め、罪なき者を罰せぬよう懇願したとされる。銀行主のロバート・ドラモンドは当初、女の手でこれほどの筆跡が真似られるものかと疑った。するとラッドはその場で紙を取り、アデアの署名を、あるいはその一部を寸分違わず書き写してみせ、銀行主を心服させた。ドラモンドは約束通りその試し書きを火にくべた。この場において銀行家たちは彼女の言葉を信じ、警吏を引き取らせた。しかし追及の手は緩まなかった。ロバートとダニエルは別々の拘置所へ送致され、ラッドは国王側の証人として喚問されることとなった。その後の公判において陪審員らは、この一度の筆跡の実演のみに囚われることなく、押収された証券、融資の全容、そして兄弟が果たした役割の軽重を総合して裁きを下すこととなる。

公判の席で、ロバートとダニエルはそれぞれ別個に身の潔白を主張した。二人ともラッドに謀られたのだと口を揃えた。彼らの人品を保証すべく、声望ある証人らも出廷した。しかし陪審は、幾度にも及ぶ融資の申し入れ、偽造債券、偽書簡、そして貸し手たちの生々しい証言をもつぶさに聞き届けた。ロバートの弁護側は、偽造の単独犯はラッドであるとの立証を試みた。兄弟の酷似した風貌と、誰が各々の書類を書き、あるいは持ち込んだのかを特定しがたい事情が事態をいっそう紛糾させた。だが、その判別の難しさをもってしても、陪審員に告発の妥当性を疑わせるには至らなかった。

まずロバートに有罪が言い渡され、次いでダニエルにも有罪の評決が下った。ボロウの記述によれば、両名とも書類が偽造であったとは夢にも知らなかったと最後まで言い張ったという。死刑宣告が下されるや、減刑嘆願の動きが奔流となって巻き起こった。ロバートに対しては、七十八名もの銀行家や商人らが慈悲を乞う嘆願書に名を連ねた。薬剤師としての真面目な勤め、かねての篤実な評判、そして双子の兄弟の気質などが引き合いに出され、刑の執行停止や減刑の望みが託された。しかし、その必死の嘆願も、処刑の手を押しとどめることは叶わなかった。

刑の執行を前に、ラッド自身もまた陪審の前に立たねばならなかった。当初は国王側証人として扱われていたため、弁護人は彼女を被告人として起訴することの不当を訴え、裁判官らがその是非を審理した。証人としての特権は、無条件の免責を約するものではなかったのである。対比された供述の中で、彼女はロバートからアデアの筆跡を模倣するよう唆されたと主張し、ダニエルからは命の危険をちらつかされて偽造を強要されたと訴えた。判事らは供述の矛盾を鋭く突いた。彼女の公判は一七七五年十二月八日に開かれた。

ロバートの妻が出廷し、夫が上着の埃を払う間、卓上に置かれていた債券を受け取った際の模様を語った。召使ムーディは再び、ラッドが二通りの筆跡を使い分けていた事実を証言した。フランクランド準男爵は証書を信じて金を貸し付けたことを認め、後に兄弟が処分した宝石や衣類を受け取っていたことを明かした。一方のラッドは、自らを陥れるための謀略であると訴え出た。弁論の終結後、短い評議を経て、陪審員団は提出された証拠の範囲において彼女を無罪と評決した。この無罪判決は飽くまで彼女個人の審理に限られたものであり、双子の兄弟に下された死刑判決を覆すものではなかった。

一七七六年一月十七日、兄弟はタイバーンにおいて共に刑架に露と消えた。喪章を施した馬車で刑場に現れた二人の姿と、それを見届けようと押し寄せた群衆の多さをボロウは活写している。兄弟は寄り添うように立ち、互いの手を取り合い、指を固く絡ませた。二人は自らの無実を訴え、一切の手引きはラッドによるものだと告発する書置を遺していた。絞首台の踏み板が外れると、結ばれていた二人の手はほどなく解けた。彼らが名指しした女は放免され、二人の残した無念の抗弁書は教誨師の手に委ねられた。

この歴史事件から新たな小説が生まれます

次なる刊行作品の選定にご参加ください

この実在事件の記録をお読みいただきありがとうございます。本事件をもとに3つの小説企画(中篇・長篇・三部作)を構想しています。あなたが最も読みたい作品にぜひご投票ください。

中篇小説(ノヴェラ)

机上に残されし紙片

アデア名義の債券が真偽鑑定のため留め置かれたその朝、銀行の執務室で筆跡の照合作業に当たる代筆係の娘を主人公に据えた歴史短編小説。持ち込まれた文字の差異を凝視しながら、彼女は訪れる商人たちの誰が虚言を弄しているのか知る由もない。女性事務員やその父親の私生活は創作であり、実在の公判記録に新たな証人を加えるものではない。わずか一文字の揺らぎが巨額の富を左右し、ひとつの署名が他者の全幅の信頼を縛りつける緊迫感を、凝縮された短編の妙味として描く。

投票数を読み込み中…

長篇小説(ロマン)

ふたりの兄弟

貸金業者らが容易に見分けもつかぬこのロンドンの街で、それぞれ異なる人生を築こうともがく双生児の軌跡を追う歴史長編小説。一方は堅実な生業と世評を守ろうとし、他方は身分不相応な豪奢を維持せんと足掻く。兄弟の葛藤、内面の思索、交わされる密談はフィクションであり、実在のペロー兄弟裁判を道標としつつも、偽造証書をめぐる各自の共謀の度合いについて安易な断定を下すことはしない。生き写しの容貌がいかにして罠となり、最後の弁明となり、ついにはタイバーンの絞首台で固く結ばれる運命の絆となったのかを重厚に描き出す。

投票数を読み込み中…

大河三部作(トリロジー)

三つの筆跡

債券の浄書を請け負った代書人、見慣れぬ署名を前に筆先を疑う銀行家、そして偽造の罪を問われて法廷に立つひとりの女――三者の視点から重層的に紡がれる歴史三部作。ワトソン、ドラモンド、マーガレット・キャロライン・ラッドの実像を直接置き換えるものではなく、登場人物と私生活はすべて創作である。各巻は一通の証書が人手を渡り歩き、やがて冷徹な司法的断罪に至るまでの流転を追いながら、人間の負うべき「責任」の所在について異なる問いを投げかける。信用よりも速く紙片が巡る金融都市の光と影を浮き彫りにする連作。

投票数を読み込み中…

1つの事件につき1票(いつでも変更・取消可能)。多くの支持を集めた企画から順次書籍化を進めます。投票データの保存について。

他の小説企画をサロンで見る →
歴史的典拠と文学的再構成について

ボロウの記録は、ウィリアム・アデアの名が記された七千五百ポンドの債券の発覚、過去の借入および証書の実態、そして別個に行われた公判の推移を詳述している。陪審はペロー兄弟の双方に有罪を下した一方、のちに単独で裁かれたラッドには「法廷に提出された証拠の範囲において」無罪を言い渡した。原典の叙述はこの別個の司法判断をありのままに留めており、ラッドの真意や兄弟の内心の共謀については確たる結論を下していない。なお、OCRによる三月十日の年号末尾の数字は判読不能であるが、目次および前後の文脈より一七七五年の事件であり、処刑は一七七六年一月に行われたものと比定される。

← 事件記録室(全1,003篇)一覧へ戻る