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Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
裁判とスキャンダル · フランス

卓上の硝子杯

一八八五年四月の巴里。シャルル・カッセンベルクは、煎じ薬と称して差し出された不審な液体の服飲を拒んだ直後、情婦マチルド・ギュムリンスカに硫酸を浴びせかけられたとして彼女を告発した。法廷記録は、負傷の凄惨さと、被告人欠席のまま下された禁錮八月の軽罪判決を伝えている。

一八八五年四月十二日、日曜の朝九時。シャルル・カッセンベルクはいまだ寝台の中にあった。茶を淹れてくれと頼まれた情婦のマチルド・ギュムリンスカが戸棚を開けると、底に黒ずんだ液体の入った硝子杯(コップ)があった。男が不審に思って尋ねると、胸の病を鎮めるため己のために煎じた薬草湯だと女は答えた。そのまま女は買い出しに出掛け、やがて戻ると、頼まれていた茶を男の前に置き、先の硝子杯を戸棚から取り出して自らの唇へと運ぶ素振りを見せた。のちに『司法警報(ガゼット・デ・トリビュノー)』紙に掲載された検察側の公訴事実によれば、この「飲み物を勧める」という日常の極めて何気ない所作こそが、やがて法廷闘争の核心となる惨劇の端緒であった。

カッセンベルクは、温めもせずそのような妙な色をした煎じ薬を飲むべきではないと口を挟んだ。女は、昨晩のうちに煎じておいたものだと応じた。そして硝子杯を男の枕元に据え、「喉が渇いているなら、お飲みなさいな。甘くしてあるし、無駄にしてはもったいないから」と言い添えた。公判記録によれば、女はそれから十分ほどの間、窓辺に佇んで物言わず外を眺めていたという。やがて再び硝子杯を手に取ると、男の鼻先に突きつけて匂いを嗅がせ、なぜ飲もうとしないのかと詰問した。男は「喉など渇いてはおらん、頼むから放っておいてくれ」と撥ねつけた。

その直後、女はふたたび杯を男の口元へと押し寄せた。頑なに拒むカッセンベルクがそれを払いのけようとした刹那、女は液体のすべてを男の顔面に向けて浴びせかけたのである。男は最初、手元が狂っただけの不慮の事故かと思った。しかし、皮膚を焼き裂く激痛がその錯誤をたちどころに打ち砕いた。男は寝具の布で顔を拭い、情婦に医師を呼びに行かせ、自らは起き上がって大量の水で傷口を洗い流した。五分ほどして戻った女は、医師がじきに来ると告げ、男の顔に残る液体の跡を拭い去ろうとした。だが突如として激しく泣き崩れ、許しを乞うて男の手の甲に幾度も口づけした。公訴事実の伝えるところによれば、女はその隙に男のズボンの隠しにあった金銭をことごとく掠め取り、部屋を飛び出してそのまま姿を消したという。

検視医の診察によると、顔面、頸部、左前腕、ならびに大腿部に第二度、とりわけ一部に第三度の重篤な薬傷が認められた。もっとも新聞記事が報じられた時点ではすでに治癒しており、外見的な瘢痕は残らなかった。記事の見出しには「硫酸(ヴィトリオル)」と明記されていたが、医師の鑑定文章は損傷の度合いを詳述するのみで、液体の精確な化学組成までは言及していない。『司法警報』の簡潔な前文には腐食の跡は残るまいと記されていたが、医学的見地が示す真相は、一命に関わる深刻な外傷でありながら、幸いにも不可逆な肉体的痕跡を免れたというに尽きる。

この惨劇の根底には、巴里から遠く離れた地より尾を引いていた男女の破局劇があった。遡ること約二年前、カッセンベルクはワルシャワでマチルド・ギュムリンスカと出逢った。彼女は男が通い詰めていた飲食店の帳場に座っていた。二人はやがて深い仲となり、八箇月にわたって同棲生活を送るに至る。マチルドの母は正式な婚姻によって関係を清算するよう男に迫ったが、カッセンベルクの父親はこれに猛反対し、ついに二人を引き離した。しかし別離は長くは続かなかった。二人は逢瀬を重ね、男は所帯の暮らしを支えるために借財を重ねた。見かねた父親は、息子を巴里へと追いやる挙に出たのである。

単身巴里へ渡ったカッセンベルクは、ルボン街七番地に家具付きの小部屋を借り、電気機器製造の工房に職を得た。一方、ポーランドに残されたマチルドのもとへ、巴里へ合流せよとの手紙が届く。一八八四年十二月末、彼女は巴里に降り立ち、男の部屋で再び暮らし始めた。この同棲はふたたび男の父親の逆鱗に触れることとなった。男の言い分によれば、マチルドは怠惰にして家政を顧みず、男が仕事場で汗を流している間も、一日中街をほっつき歩いては掃除ひとつせず、何の職にも就かなかったという。ただしこの人物像は、あくまで新聞が引用した男の一方的な陳述に基づくものであり、司法機関や記者が下した客観的評価ではない。

こうして再び離別の話が持ち上がった。カッセンベルクは、マチルドを祖国へ帰す旅費を用立ててもらおうと己の父親や彼女の実家に掛け合ったものの、不調に終わったと申し立てている。記事の補足によれば、女は兄から幾ばくかの仕送りを受け取っていたとされる。四月四日、女は同胞の知人エルマン氏を訪ね、本国から届いた三十二ルーブルをフランス通貨に両替してほしいと頼み込んだ。その折、彼女は男――夫であると称していた――との生活がいかに不幸であるかを訴え、間もなく祖国へ帰るつもりだと語っていた。四月十日の金曜日には、彼女はすでに荷物をまとめ、衣類を風呂敷に包んでいたのである。

しかしながら、『司法警報』の紙面には一つの不可解な謎が置き去りにされていた。フランス語を解さぬはずの若い異邦の女が、いかにして劇物たる硫酸を手に入れたのか。記事は、購入の手引きをした疑いのあるポーランド人の針子(お針子)の存在に触れているが、当人は関与を断固として否定した。カッセンベルクの証言によれば、男かつてその針子と男女の関係にあり、財産目当てで娶ることも考えたが、当てが外れたと知って手を切ったのだという。この女が毒液を用立てたという確証は、記事の文脈からはついぞ浮かび上がってこない。

『司法警報』が一連の事件を報じたのは一八八五年六月七日、前日に巴里軽罪裁判所第十一法廷(ラゴベール裁判長)で開かれた公判を受けてのことであった。マチルドは法廷に姿を現さず、審理は被告人欠席のまま進められた。男の証言は検察官の公訴事実を裏付けるものと認定され、記事は結審の言渡しを淡々と伝えている――マチルド・ギュムリンスカに対し、禁錮八月の刑が科された。

斯くして記録は閉じられた。無駄にしてはならぬ飲み物と見せかけて枕元に置かれた硝子杯。男はそれを頑なに拒み、押し戻した。新聞はこの生々しい物証の細部を拾い上げ、ありふれた癡情のもつれの復讐劇として紙面に刻んだのである。しかしその定型句の陰には、もつれ合った破局の軋み、皮膚を焼かれた男の深手、そして自らの身に下された刑罰の場にすら居合わせなかった一人の女の失踪が、暗い澱のように沈んでいる。

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中篇小説(ノヴェラ)

青いリボンの小瓶

ディジョンの下宿屋で、賄い女中が淹れた煎じ薬を飲んだ手代が倒れ、毒殺未遂の廉で警察が台所の薬瓶をことごとく押収する。洗濯女の娘が、酢の瓶に結ばれていた青いリボンがいつの間にか薬瓶に付け替えられていることに気づき、帳簿の横領を隠蔽するために瓶をすり替えた主人自身の悪事を暴き出す。登場人物、舞台、事件はすべて架空の短編小説。

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長篇小説(ロマン)

硝子吹きの刻限

リヨン。窯の破裂事故で職人二名が重傷を負い、若き女性化学者が父の硝子工房を継ぐ。職長は徒弟の過失を主張するが、少年は洗浄用の塩が酸の瓶にすり替えられていたと訴える。帳簿と納品記録を洗った彼女は、叔父が横領の証拠を隠すため不正を働いていた事実を突き止め、一族の破滅を恐れずに法廷で職人たちの無実を証言する。史実の事件を排した本格長編小説。

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大河三部作(トリロジー)

三つの仕事場の扉

一八七二年、製本職人の見習い娘エリーゼは帳簿盗難を防いで印刷所の倒産を救い、一八八六年、親方となった彼女は工房の放火事件の裏にある詐欺を暴く。そして一九〇一年、会計士となった娘のジャンヌが、女工たちの貯蓄を横領した公証人を追い詰めてゆく。三世代の女性が帳簿と物証を武器に不正と対峙する姿を描く大河連作三部作。人物・筋立てはすべて完全な創作。

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歴史的典拠と文学的再構成について

典拠資料は『司法警報(Gazette des Tribunaux)』一八八五年六月七日付、五四二至五四三頁(巴里軽罪裁判所第十一法廷記事)の一点のみである。前文には被告欠席判決およびマチルドのポーランド帰国が記され、公訴事実の朗読から女の逃走までを詳細に追う。底本はフランス国立矯正行政学校(ENAP)所蔵の紙面ファクシミリであり、OCR読み取りに伴う表記の乱れを補正しつつ校訂を行った。

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