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Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
裁判とスキャンダル · フランス

王を捉え損ねた刃

新たなる玉座を狙い、一振りの凶器を懐にして歴史の表舞台へと足を踏み入れた男がいた。一五九三年、ピエール・バリエールの捕縛によって白日の下に晒された未遂の凶行は、その背後で凶刃を唆した黒幕をめぐる果てなき暗闘の火種となった。

ピエール・バリエールは、ついに刃を振るうことはなかった。一五九三年八月、ムランの地で縛についたとき、アンリ四世は露ほどの傷も負っておらず、その懐の短刀が王の血に濡れることもなかった。この男を車裂きの刑へと追いやることになる企ては、いまだ実行に移されぬ胸中の謀議にすぎなかったのである。だが、彼が洩らした密談は、本人の足よりも早く宮廷へと届いていた。自らの良心を宥めるため、聖職者に免罪を求めた男の前に立ちふさがったのは、王の命を救わんと決断した一人の修道士であった。

王の陣営は、単に身辺の危機を察知していただけではなかった。彼らは刺客の風貌や特徴をことごとく把握していたのである。リヨンでの密談からムランでの捕縛に至るまで、囁かれた言葉は密使を得て、しかるべき受取人のもとへと運ばれていた。辻のただ中で凶刃に倒れる主君の姿とは裏腹に、バリエールの一件は、この密やかな注進の連鎖から幕を開ける。このたびばかりは、兇行の切っ先が伸びるより先に、警鐘が功を奏したのである。

カトリックの王、カトリックの仇敵

アンリ四世は、サン=ドニにおいてプロテスタントの信仰を棄て、カトリックへと改宗したばかりであった。王位承認を頑なに阻む宗教的口実を、仇敵たるカトリック同盟(リーグ)から奪い去るための苦渋の決断であった。されど、この改宗を以てしても、頑迷な同盟派の口を封じるには至らなかった。かつて異端の王と罵倒した者らは、今や不実なる偽りの改宗者と指弾し始めたのである。信仰の看板を掛け替えたところで、王国の支配を争う者たちの忠誠や野心、そして結ばれた盟約までが改まるわけではなかった。

パリはいまだ、王の手に落ちてはいなかった。長きにわたる内乱は、敵対者を神の敵と見做す陋習を人々に植え付けていた。説教壇からは、不義の王を斃すことこそ信仰に資する義挙であると煽る声が上がっていた。もはや君主の正統性のみが論じられていたのではない。王の魂の救済、そして王と戦う者たちの救済までもが秤にかけられていた。自らの信念を行動へと移さんと思い詰めた男にとって、それはあまりに甘美で危険な教唆であった。

かつて船頭を務め、後に兵卒となったバリエールは、歴史がその生業と従軍の記録程度しか留めぬ、無名の庶民の一人にすぎなかった。オルレアンの出身である。その前半生は、この最後の凶行によって着せられた汚名に比べれば、ほとんど闇に隠れている。彼が古文書の中にその姿を現すとき、胸中にはアンリ四世暗殺の執念が燃え盛っており、その意志を神聖なる義務へと昇華させてくれる導き手を求めていた。

この男の手順には、特異な性格が見て取れる。彼は単に秘めた怨嗟を募らせていたのではない。暗殺の意図を他人に語り、その是非を問い、教えを乞うたのである。企図された大逆は、神の御前で責任を負い得ると信じた聖職者たちから、霊的な許しを得るための対話を経ねばならなかった。他の刺客ならば企みを隠密裏に進めるところを、彼は神の代弁者たる者たちの墨付きを得ようと躍起になっていたのである。

バンキの拒絶

リヨンにおいて、ドミニコ会の修道士セラファン・バンキはこの企てを知るに至った。修道士はバリエールを説得し、凶行を思いとどまらせようと心を砕いた。しかし男の妄執は解けず、修道士は王の陣営へ急を告げる決断を下す。往時の記録によれば、密使の任を帯びたブランカレオンなる男が、途上にある刺客の人相風体を携えて急行したという。裁きを待つ身となる刺客が歩みを進めるより早く、その人相書は先回りしていたのである。

この密談の正確な性質をめぐっては、後に激しい論争が巻き起こることとなる。シュリーをはじめとする著述家たちは、これを告解の場で明かされた秘密であるとした。だが、バンキ自身はその説を断固として否定した。この修道士にとって、それは決して疎かにできぬ一線であった。暗殺を阻止したからといって、告解の秘跡を破って他言したという汚名を甘受するわけにはいかなかったのである。バリエールの死後も長きにわたり、暗殺の企図がいかなる経路で露見したのかが議論の的であり続けた。

この事跡の核心にあるのは、一人の教会人が、人殺しの刃に求められた祝福を与えることを拒んだという事実である。バリエールが後押しを求めたまさにその宗教的共同体の内部から、彼を破滅へと追いやる警鐘が鳴らされたのであった。この対立の境界線は、単に信徒と不信徒を分かつものではなかった。それは、大義のための暗殺を容認する者と、断固として退ける者との間を切り裂いていたのである。

ムランの宿営地において、バリエールは見破られ、捕縛された。懐中には兇器があり、自らの意図を周囲に漏らしており、そして王の身辺にまで忍び寄っていた。これらの証憑によって、単なる風聞にすぎなかった暗殺計画は動かしがたい現実の陰謀となったのである。凶行は未然に防がれた。残された課題は、刃が届く前に阻まれたこの大逆を法がいかに処断するか、そして捕らわれの男が己の口からいかなる黒幕の名を吐くかという点にあった。

引き渡された名

十名の法官からなる特別委員会が男を裁いた。訊問の矛先は、この決意を煽り立てた教唆者の割り出しへと向けられた。バリエールが挙げた名の中には、サンタンドレ=デザール教区の司祭クリストフ・オーブリー、そしてイエズス会士のヴァラードが含まれていた。『リーグ回想録』に引かれた往時の記録によれば、オーブリーの手引きでヴァラードに引き合わされたバリエールは、そこで暗殺の企図を称賛され、主のために果てるならば殉教者の栄冠を得られるであろうと唆されたという。

この約束の存在は、裁判に計り知れない政治的重みをもたらした。事態はもはや、刃物を抱いた一兵卒の暴挙にとどまらなかった。殺人の罪咎を解き放つ言葉を授け、刺客を操ったと目される者たちへの糾弾へと発展したのである。聖職者らの名は、王権の至高性と、体制を脅かす危険思想をめぐる広範な権力闘争の渦中へと投げ込まれた。

これらの供述は、過酷な拷問を伴う手続きの中で引き出されたものであった。それらは歴史的な告発ではあるものの、王党派の記録者やイエズス会の論敵によって都合よく喧伝された側面を否定できない。それらの記録のみを以て、密室で交わされた対話の真相をあからさまにすることは叶わない。急を告げたバンキの確かな行動と、他者に帰せられた教唆の疑惑とは、証拠としての重みが異なる。両者を短絡に混同すれば、この事件の深層に残る法廷劇の亀裂を見失うことになろう。

裁判官らはバリエールに車裂きの刑を言い渡した。一五九三年八月末、ムランの露と消えたのである。その苛烈を極める極刑は、王の尊厳を冒そうとした企てに対する報いであり、未遂に終わった反逆であってもその代償がいかに重いかを天下に知らしめるための見せしめであった。アンリ四世は無傷のまま生きながらえた。翻って、神の使命を帯びたと信じ込んだ刺客は、自らが描いた凶行の結末を生き延びることはできなかった。

繰り返される悪夢

事件の余波は、男の死とともに消え去りはしなかった。一五九四年十二月、ジャン・シャステルがアンリ四世を襲撃し、その唇に刃を届かせた際、バリエールの公判で浴びせられた告発が再び蒸し返された。かつての未遂事件の記憶は、新たな凶行の背景を読み解く鍵とされたのみならず、イエズス会を王国から追放する口実としても利用されたのである。振り下ろされる前に封じられた一振りの短刀は、今度は実際に王の肉体を裂いた凶刃の歴史を物語る、有力な証拠物件へと姿を変えた。

その間、アンリ四世はついにパリ入城を果たしていた。王国は険しい道のりを経て平穏へと向かい始めたが、政治的な勝利を収めたとて、王の生命を脅かす暗雲がことごとく晴れたわけではなかった。バリエールが挫折したのは、彼が寄せた盲信が一人の修道士の峻拒に遭ったからにほかならない。天上の救いを約束する甘言が飛び交うただ中で、真に救いとなったのは、地上の生ある者たちへ危難を告げた、あの簡潔な忠告の言葉であった。

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この実在事件の記録をお読みいただきありがとうございます。本事件をもとに3つの小説企画(中篇・長篇・三部作)を構想しています。あなたが最も読みたい作品にぜひご投票ください。

中篇小説(ノヴェラ)

人相書

宮廷へ急を告げる密使の使命を帯びた男が、一度も相見えたことのない刺客の姿を、群衆の中から見つけ出さねばならぬ緊迫の道程を描く短編小説。

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長篇小説(ロマン)

凶刃の免状

カトリック同盟の狂風吹き荒れる都市を舞台に、免罪の確証を求めて彷徨う一人の兵卒と、信仰の刃を押し止めんと命を懸ける修道士の相克を描く歴史長編。

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大河三部作(トリロジー)

狙われた王冠

一五九三年、一五九四年、そして一六一〇年。凶行を阻むために信仰と流言、そして権力の暗部を見極めねばならなかった通弁と書記官の一族の軌跡を辿る大河三部作。

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歴史的典拠と文学的再構成について

一五九五年に刊行されたシャステル裁判記録を収録する『リーグ回想録』第六巻(一七五八年版、二四二〜二四三頁)を参照し、バリエール裁判に関する記述を精査した。同書は党派色の強い記録であり、オーブリーおよびヴァラードに対する告発を克明に伝える。また、テイラーズ博物館所蔵の『百科全書(メトディーク)』「バンキ」および「バリエール」の項、ならびにヴォルテール『高等法院史』第三十五章も参照した。これらは処刑の正確な日付およびバンキへの密談が告解の秘跡に当たるか否かについて見解を異にしている。本稿は処刑を「一五九三年八月」とし、告解の解釈については断定を避け、拷問下で得られた供述を一概に立証済みの陰謀とは見做さない立場をとった。

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