本文へ移動
Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
裁判とスキャンダル · 英国

ワッピングの血盟

債務の逃げ場たるワッピングの「新ミント」へ身を寄せたチャールズ・タワーズは、一七二三年六月以降、執行吏ジョン・エリントンの屋敷から仲間ジョン・ウェストを力ずくで奪還する武装蜂起に加わった。「変装禁止令」違反に問われた彼は、顔を黒く塗ったのは犯罪の意図にあらずと抗弁し、窃盗や住居侵入の企ても頑なに否定したが、一七二五年一月四日、ワッピングの地で刑露と消えた。

ロンドンはワッピングの街において、「逃亡者の七都市」の庇護下にあると称する無頼の徒は、単に執行吏に対して扉を固く閉ざすだけにとどまらなかった。彼らは自前の帳簿を揃え、血盟を結び、あまつさえ独自の私法廷すら設けていたのである。ひとたび小役人が債務者を差し押さえに踏み込めば、群衆はその役人をたちまち捕らえ、住民たちが私的に選んだ「判事」の前に引き据え、いかなる成文法にも拠らぬ私刑に処した。チャールズ・タワーズがジョン・ウェスト奪還の暴挙に身を投じたのも、まさにこの無法の私法が支配する世界においてであった。そして、禁じられた偽装と陪審員に断じられた「黒く塗りつぶされた顔面」こそが、彼を絞首台へと送り込むこととなったのである。

こうした「逃げ場(アジール)」の存在は、古き特権の残滓であった。記録によれば、かつて数多くの避難地がカトリック教会に由来する聖域権を誇っていたという。その特権が撤廃されたのちも、債務者たちはなお、世俗の官吏が特定の一角へ踏み入ることはかなわぬと強弁し続けた。サザークの「旧ミント」はその筆頭であった。業を煮やした議会はついに、州長官が必要な武力を用いて令状を執行し、逃亡者を庇護せんとする者を処罰し得るよう法を定めた。この措置により、ほとんどの地域で無法は収まったとされるが、ミントだけは頑として抗い続けたのである。

その地へ足を踏み入れた役人は、たちまち群衆に取り囲まれ、打ち据えられ、溝や汚穢の路地を引き回された。牛角笛が鳴り響けば、異様な装束をまとった男たちが喚起され、公務を執行せんとする者を威嚇した。やがてミントの特権が完全に撤廃されると、かつての住人らは四散したが、その多くは再び借財に塗れた。彼らは通常の法的手続きに服することを拒み、徒党を組んでワッピングの界隈に新たな聖域、「逃亡者の七都市」を打ち立てようとしたのである。治安判事の職を追われ、自らも逃亡者となってフリート監獄へ送られたサントローなる元法官が、この無法結社の組織を手引きしたと伝えられる。

結社の者らは大帳簿に名を連ね、執行吏に対抗して互いを守り抜くことを誓い合った。彼らは自らの領域で逮捕を阻止するにとどまらず、捕らえられた仲間を奪還し、債務者を拘置する役人の私邸へ押し入ることすら辞さなかった。債務者の連帯は、こうして暴力を伴う強権へと変質したのである。彼らは自ら法廷を組織し、証人を呼び出し、己らの平穏を乱したかどで執行吏を「被告」として召喚した。偽判事が有罪を言い渡せば、役人は鞭打たれ、記録によれば命を脅かすほどの残虐な制裁に晒されたという。

タワーズは長年にわたり商売の破綻に苦しんでいた。友人を救わんとして、わずか一、二ギニーの報酬と引き換えに莫大な借金の保証人を引き受けたものの、その友人が債務を踏み倒したため、彼は旧ミントへ身を隠さざるを得なくなったのである。やがて彼は、官吏への敵対をいっそう先鋭化させていたワッピングの新たな結社へと合流した。記録によれば、彼はこの私的法廷を信奉し、その模擬裁判に列席する一員であったとされ、ウェスト奪還の場においても主導的な役割を果たした人物として名が挙げられている。

発端は、ジョン・ウェストが執行吏ジョン・エリントンに捕縛されたことであった。エリントンは彼をワッピング・ウォール近くの自宅へ連行した。明くる日曜の朝、銃や剣、棍棒などで武装した避難民の群れが結集した。彼らはエリントン邸へ押し寄せ、家人を脅迫してウェストを強引に奪い去ったのである。彼らはそれを盟約に従った正当な行動だと主張した。帳簿に名が記されている以上、ウェストは結社の保護下にあるべき人間だったからである。

検察側の告発によれば、タワーズはこの襲撃の最前線に立っていた。青い水夫服をまとい、帽子もかつらも着けず、シャツすら身につけていなかったという。その顔と胸は、煤と獣脂を混ぜ合わせたものと見られる黒い物質で一面に塗りつぶされていた。この暴動は、一七二三年六月一日付で施行された「ウォルサム・ブラック法(覆面武装を取り締まる変装禁止令)」の直後に起こった。ウェスト奪還のための家宅襲撃、そしてタワーズのその異様な風貌――この二つの状況が重なり合い、彼を断罪する決定的な起訴事実が構成されたのである。

公判において、記録によれば犯行の事実は陪審の前に明白に立証された。タワーズは、窮乏ゆえの身なりに過ぎず、ことさらに変装したわけではない、着る服とてなく、顔の汚れも泥が付着したに過ぎぬと弁明した。しかし陪審は彼に有罪を宣告し、死刑が言い渡された。この判決は、変装禁止法が定める違反要件に厳格に依拠したものであった。しかし処刑を前にしてもなお、タワーズは法が禁じる意図をもって顔を黒く塗ったのではないと頑強に抗弁し続けた。

彼は、新ミントのいわゆる法廷に幾度となく関与し、力を貸した事実そのものは認めていた。だが、ウエストウッドなる執行吏が虐待された際、自らが判事として座に就いたことだけは断固として否定した。また記録は、官吏たちに対するタワーズの激しい憤りと、役人の手に落ちた避難民がいかに過酷な仕打ちを受けたかについての彼の訴えを伝えている。ある大工などは右腕を無残に切り刻まれ、切断を余儀なくされたといい、ほかにも労働に耐えぬほどの重傷を負わされた者がいたという。タワーズ自身もまた、処刑の六週間前に頭部に負わされた深い刀傷が癒えぬまま、臨終の場に臨んでいたのである。

顔を黒く染めていた点について、彼は新ミントにおいてそのような習俗など毛頭存在しなかったと主張し続けた。仮装の宴が催されたことや、自らが粉屋に扮して顔を真っ白にして加わったことは認めたものの、ウェスト奪還の際に素性を隠すべく煤を用いたことは断じて否定した。ほかの者たちと同様、ただ普段着のまま駆けつけたに過ぎないというのである。この弁明も陪審の評決を覆すには至らなかったが、彼は最期の日までこの無実を訴え続けた。

タワーズは減刑を求める請願書をしたためた。そこには事件の仔細とともに、法の過酷な拡大解釈によっていかに過剰な処罰を受けているかが切々と綴られていた。さらに、妻と二人の幼子、そして間もなく生まれ出る第三子の困窮も訴えられた。妻自らが枢密院の扉前で国王に請願書を手渡したものの、判決が覆ることはなかった。願いが退けられたと知ったタワーズは、紛糾と苦難に満ちたこの世を去り、安らぎの地へ赴く覚悟を決めたという。彼は敬虔に祈りを捧げ、記録によれば、告発人や証人らに対してももはや恨みを口にすることはなかった。

一七二五年一月四日、彼は荷車に乗せられ、ワッピングの絞首台へと引かれていった。見物人の群衆は、この手の処刑にしては珍しく彼に同情を寄せ、涙を流したと記録官は記している。タワーズは祈りの間も泰然としていた。そして群衆に向き直ると、ウェストを救出した際に変装などしていなかったと改めて言明した。執行吏ジョーンズを裁いた私法廷で判事の席に座していたのはバックランド船長であって自分ではないと明かし、その一件の咎を負わされて勾留中に虐待を受けたと訴えた。

彼はまた、自らに着せられた窃盗や追剥の罪も頑なに否認し、いま死に臨む自分が偽りを述べるはずがないと語った。執行吏を泥溝へ突き落とした際に小銭が懐からこぼれ落ちた可能性は認めたものの、その行方は露知らず、一文たりとも目にしていないと証言した。アイザック・ティリアード卿邸の強盗を企てたという嫌疑についても、潔白を主張した。己が犯した過ちは率直に認めつつも、タワーズは結社の活動における自らの役割と、変装・窃盗・屋敷襲撃の陰謀という濡れ衣とを、最期の瞬間まで峻別したのである。

彼は、自らのあまたの罪科ゆえに神の下す審判は正当であると受け入れながらも、死刑判決を下した実定法に対しては、条文が禁じる罪など犯していない以上、あまりに苛烈に過ぎると見なしていた。彼はなおも執行吏らの非道を責め立てたのち、激しい口調で神に己の魂を委ね、息絶えた。タワーズが露と消えてもなお、債務者の結社が潰えることはなかった。記録によれば、逃亡者を庇い立てし、令状執行を阻まんとする試みはその後も執拗に続いたという。だが、一介の男の非業の死は、自前の帳簿と凶器、そして独善の私法廷をもって国家の法に抗った企てが、いかなる結末へ行き着くかを白日の下に晒したのである。

この歴史事件から新たな小説が生まれます

次なる刊行作品の選定にご参加ください

この実在事件の記録をお読みいただきありがとうございます。本事件をもとに3つの小説企画(中篇・長篇・三部作)を構想しています。あなたが最も読みたい作品にぜひご投票ください。

中篇小説(ノヴェラ)

破られた帳面

ワッピングへ逃げ込んだある寡婦が、執行吏の手入れを翌日に控えた夜、自らの名が債務者帳簿から切り取られていることに気づく。帳面奪還を頼まれた彼女の兄は、失われた頁の代わりに、別の男を匿うための偽の署名が綴じ込まれている事実を突き止める。本物の帳簿を官憲に差し出すべきか、それとも貧民窟の血盟を守るべきか。消された名が鉄の鍵よりも重い価値を持つ闇の街で、男は苦渋の決断を迫られる。

投票数を読み込み中…

長篇小説(ロマン)

執行吏の館

一人の見習い執行吏が、武装した群衆による債務者奪還の現場に遭遇する。暴徒の中に彼が見出したのは、監獄に囚われた妹を救い出すと約束してくれた恩人であった。法への職責と肉親への情義の狭間で、彼は襲撃の目撃者を追い、ある証言が強欲な債権者に金で買われた偽証であったことを暴こうとする。だが真相を白日の下に晒せば、妹の命が再び危険に晒される。恩義と偽証が交錯する歴史法廷サスペンス。

投票数を読み込み中…

大河三部作(トリロジー)

三つの法廷

国家の法と私法廷の相克を描く連作三部作。第一巻は執行吏に私刑を下す債務者の闇法廷、第二巻は逮捕記録の改竄に気づいた法廷書記官の追跡劇、第三巻は両事件の偽証者をめぐる大審院での法廷闘争を描く。各巻で独立した事件の真相が追われつつも、「七都市の血盟」という見えない糸が三つの裁判をひとつに結びつけていく。地下の掟が遺した痕跡が、公の正義を揺るがす重厚な歴史巨篇。

投票数を読み込み中…

1つの事件につき1票(いつでも変更・取消可能)。多くの支持を集めた企画から順次書籍化を進めます。投票データの保存について。

他の小説企画をサロンで見る →
歴史的典拠と文学的再構成について

英国の原典記録を全篇精読。ワッピングの「新ミント」結社に庇護されていた債務者チャールズ・タワーズは、執行吏ジョン・エリントン邸からジョン・ウェストを奪還する武装襲撃に加担した。記録官はタワーズが煤と獣脂で顔を黒く塗っていたと記すが、本人はこれを否定し、泥による汚れと貧困による衣服の欠乏を主張した。彼は新ミントの私法廷に関与したことは認めたものの、特定の判事役や付随する余罪については否定している。変装禁止令に基づき死刑判決を受け、1725年1月4日(旧暦1724/25年)、ワッピングにて処刑された。妻の請願書には二人の子と胎内の第三子への言及がある。法制史的背景は編者注を交えず本文のみから要約。日付は他事件と統一し1725年表記とした。

← 事件記録室(全1,003篇)一覧へ戻る