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Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
詐称と巨万の富 · 英国

紙上の商会

行商の身より身を起こし、1833年の捕縛に至るまで、リチャード・コスターは無数の住所、商号、そして手先を次々と乗り換えていった。商人たちに「便宜手形」の融通を約す触れ状をばらまき、虚飾の信用を築いた男であったが、ホニトン産のレースを詐取せんと送りつけた三枚の偽手形が、ついにその命運を尽きさせ、終身流刑の判決へと至らしめる。

1833年2月、ビショップスゲート街にある旅籠「四羽の白鳥」亭において、捜査官らは受取人に罠を仕掛けるべく、偽装した荷を用意していた。やがて荷を引き取りに現れたスミスと名乗る男は、荷を手渡された刹那、身柄を押さえられた。同年4月16日、彼と首謀者たるリチャード・コスターの両名に対し、オールド・ベイリー(中央刑事裁判所)において有罪の判決が下る。コスターがいかにしてこの策謀の頂点に立つに至ったかを解き明かすには、男が転々とした居所と商号、そして巷に撒き散らした手形の軌跡を丹念に辿らねばならない。

年代記者カムデン・ペラムの記すところでは、コスターの生年月日も生国も定かではない。事件ののちに綴られたその記録は、まず一人の青年の立身の歩みを描き出す。頼る者もなく放り出された若きコスターは、オックスフォードとロンドンを行き来する使者の役を務めて金を蓄え、やがて馬と荷車を手に入れて果物商の株を買ったという。ロンドンに入った男は、馬喰や古物商、そしてペラムの言を借りれば詐術に手を染める輩と交わりを深めていった。

1810年、コスターはブリストルのクイーン街に総代理店兼手形割引所を開設する。しかし同年、詐欺によって物品を詐取した容疑で、同地のニューゲート監獄に収監された。ペラムによれば、この最初の追及を男はやすやすとすり抜けたという。翌年には聖フィリップ地区のブレッド街で商会を営み、1814年にはロンドンへと舞い戻る。ケント街道沿いのエルサム・プレイスにまず身を寄せ、次いでハイ・ホルボーン、ベイジング小路へと居所を変えた。1816年には飲食店を営み、1818年には食糧商トマス・グレイの手代として働きながら、周旋屋として再び金銭の周旋に手を染めていく。

男の足跡はさらに移り変わる。1819年にブリッジウォーター広場へ移ると、翌1820年にはステイニング小路にて「コーツ・アンド・スミス商会」の名で店を構え、のちにこれを「スミス・アンド・マーティン商会」と改めた。1829年、この看板を畳んだ男は、リトル・ウィンチェスター街の「ヤング商会」、ならびにグレート・エルボー小路の「ケイシー・アンド・コスター商会」を通じ、より大規模な企てに乗り出す。これらの社名は、実在する共同経営者の存在を意味するものでは毛頭なかった。ペラムの断ずるところによれば、実態はあまたの商会をコスターひとりが牛耳っており、自らが操る一社に、自らの別の一社を推薦させていただけにすぎない。虚飾の看板が、別の虚飾の看板の身元を保証していたのである。

だが、この目まぐるしい看板の架け替えも、法の追及を完全に免れさせるには至らなかった。1825年9月、フレデリック・ウィルソンとともに詐欺共謀の罪で告発される。ウィルソンは詐術によって為替手形を詐取した罪で有罪となり、七年の流刑に処された。翌期、コスター自身もマルケという名の男を陥れた同様の手口で法廷に立たされたが、ペラムによれば、男は多額の金を投じて追及を退け、原告と示談を結ぶや証拠となるべき手形をことごとく隠滅せしめたという。この場において、男は罪を免れた。

その後の足取りは、商業者団体の刊行物によって跡づけられる。1826年2月の報告ではリトル・ブリテンに倉庫を構えていたとされ、5月には破産者名簿にその名が連なる。一方、ニュー・ユニオン街では「ウィリアム・ストップ商会」の名で勘定場を開き、ヤーマスで穀物や麦粉を商うヘスロップ商会を名宛人として為替手形を振り出していた。これらの手形は、ヤーマスのラコン銀行と連なるエスデイル商会で支払われる建前となっており、裏面には「J・H・モンゴメリー少佐」なる裏書が付されていた。1827年には、ブリストルをはじめ各地でその手形が出回る。同年9月の報告によれば、男は「ド・コスト」の偽名を用いてフリーメイソンの支部に入会していたという。続く数年間、調査書はハットン・ガーデン、ニューゲート街、ウェストミンスター、マクルズフィールド街、シティ街道など、ロンドンの津々浦々にその影を捉えている。用いられた商号も、デイヴィス商会、スミス・アンド・ブルース商会、ヤング商会、ブラウン商会と多岐にわたり、ペラムはこれらを一人の男の指図で動く巨大な網の目として列挙している。

このからくりの中心に座していたのが、「便宜(アコモデーション)」と題された一枚の触れ状である。地方の商人たちに向け、名だたるロンドンの大店が引き受けた手形を、各人の入用に合わせた期日と金額で用立てると謳うものであった。依頼人は一ポンドあたり八ペンスの手数料を支払い、手に入れた手形を地元の銀行や富裕な知人のもとで割り引けばよいとされた。文面には手形の書き換えまで約されており、収穫や商品の売上で十分な現金が手に入るまで、新たな手形を振り出して旧手形を決済し続ければよいと説いていた。この甘言は信用をひとつの連鎖へと仕立て上げ、各輪は前輪に寄せられた無邪気な信頼の上に乗っかっていた。

しかし触れ状の企みは、単なる手形の仕組みの解説に留まらなかった。一割五分から二割に及ぶ利回りを誇大に吹き込み、取引先の推薦状を求め、手数料と印紙代の事前送金を要求したのである。コスターは確かな担保と保証を約束し、その筆致は相手に自らの高潔さを信じ込ませるよう周到に練られていた。ペラムによれば、騙された商人たちが送った署名や手形は、ロンドンの仲買人を経てすべてコスターの懐を潤すために転売され、約束された手形が手元に戻ることはなかったという。年代記者は、エセックス州のある農夫の例を引いている。男はコスターから総額二百ポンドにのぼる二通の手形を得たのち、最初の手形の決済のために百ポンドの現金を送金した。ところが、見知らぬ代言人から容赦ない支払請求が届く。リトル・ウィンチェスター街に駆け込んだ農夫に対し、コスターは金の受領を真っ向から否定し、ヤング商会はすでに破産したと冷たく言い放った。農夫は金を一文も取り戻せず、己の浅はかさを世間に晒すこともできぬまま、すごすごと引き揚げるほかなかった。

ペラムの記録は、代金を払わずに騙し取られた品々――ドイツ産ワインの山、ダブリン産黒ビール、そして大量の木材――にも及んでいる。偽名と代弁人を幾重にも重ねることで、被害者は誰と商談を結んだのかさえ突き止められぬ仕掛けであった。雇われた手先ども、時には落ちぶれた元商人たちが週給で使役されたが、彼らとて分け前を誤魔化されていたと年代記者は記す。この網の目の構造を知ればこそ、1833年の捜査が単一の取引の摘発にとどまらず、手紙の往復、無数の仮名、そして荷の受け渡し場所に張り巡らされた巨大な策謀の解明へと向かった理由が腑に落ちるのである。

1833年2月、コスターと手代のスミスは、ホニトンの商人クラークに書状を送り、ビショップスゲート街「四羽の白鳥」亭の「W・ジャクソン」宛てにレースを送るよう注文を出した。代金として同封されていたのは、三枚の十ポンド紙幣であった。手形が偽造であることを見破ったクラークは、直ちにイングランド銀行付弁護士のフレッシュフィールドへ事の次第を通報し、手形を引き渡した。名宛人たる「ジャクソン」の正体を突き止め、現行犯で押さえねばならぬが、その名から直ちにコスターの名へと辿り着く手立てはない。かくして策が練られた。ホニトンから届いた荷に見せかけた偽の包みが、あの旅籠へと送り届けられたのである。

引き取りに現れたのはスミスであった。包みを手にした瞬間、張り込んでいた役人らがその腕を掴んだ。だが、一件落着とはいかなかった。捜査官らは糸をたぐり、ついにこの企てを差配していたコスターの首根っこを押さえたのである。偽手形を添えたあの注文書は、コスターの直筆であると鑑定された。旅籠での偽装荷の受け渡しは、動かぬ物証と犯行の連鎖を白日の下に晒した。注文書に同封されていた三枚の偽造手形、そしてコスターの筆跡が、紙上の文字と現場の企てとを分かちがたく結びつけたのである。

マンション・ハウスの治安判事法廷への累次の出廷を経て、二人は裁判のためニューゲートへと送致された。1833年4月16日、オールド・ベイリーにおいて有罪が言い渡される。ペラムは、かつてコスターの手足として使われ、その悪事の全貌を洗いざらい白状した二人の証言を重く取り上げている。開廷期の終わりに、コスターには終身流刑の宣告が下された。一方のスミスは重病のためその場での出廷が叶わず、言渡しは延期されたものの、のちに同じく流刑に処された。年代記は、コスターがどこの流刑地へ送られ、いかなる末路を辿ったかについては、一切の筆を擱いている。

次から次へと居所を変え続けた年月の果てに、この最後の一件は、幾重の偽名が長きにわたり覆い隠してきた男の正体を、あからさまに暴き立てたのであった。

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この実在事件の記録をお読みいただきありがとうございます。本事件をもとに3つの小説企画(中篇・長篇・三部作)を構想しています。あなたが最も読みたい作品にぜひご投票ください。

中篇小説(ノヴェラ)

農夫への書状

架空の女性帳簿係が、周旋屋から前借り名目で振り出された一枚の手形を受け取る。支払期日が迫るなか、ロンドンへ送った決済金は跡形もなく消え去り、裏書を保証していた商会も忽然と姿を消していた。金の行方を追う彼女は、複数の商会が互いの信用を偽装し合っていた罠を知る。だが、その偽装結託の一社には彼女の弟が勤めており、証言を頑なに拒むのであった。商取引の信用がそのまま肉親の絆を絞め上げる短篇。人物、商会、詐欺の全容は完全な創作である。

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長篇小説(ロマン)

紙の商館

幾度となく屋号と看板を架け替え、街を欺き続ける架空の商人。だが地方から届いた一筋の荷が、男を怪しげな手形の連鎖へと結びつけてしまう。若き手代、手形に泣かされた女商人、そして老練な治安判事が、帳簿が闇に葬られる前に虚飾の照会網を解き明かさんと奔走する。別々の商会と取引していると信じ込まされていた者たちが、みな同一の筆跡に踊らされていた。名代が消え失せても紙片だけは生き残り、罪を暴き立てる様を描く長篇。

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大河三部作(トリロジー)

裏書の帳面

一冊の秘密の照会手帳によって結ばれる、三つの独立した事件を描く架空の三部作構想。手形の真偽鑑定を強要された印刷工、かつての手先が別名で潜伏しているのを見破る旅籠の女将、そして逃亡者の足取りを書類から再現する裁判所書記官。実在の人物や歴史的事件には拠らず、各巻それぞれに独自の主人公と結末を用意しながら、一冊の手帳のみが人の手を渡っていく。信用の創出と詐術が残した爪痕を浮き彫りにする連作群像劇。

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歴史的典拠と文学的再構成について

本篇は、カムデン・ペラム著『The Chronicles of Crime or The New Newgate Calendar』第2巻、「Richard Coster. Transported for Forgery」の項(OCR行番号21361–21691、3,404語)に基づく。採録範囲は「Job Cox」の項の直前までとした。叙述はペラムの告発および要約に準拠したものであり、オールド・ベイリーの公判調書原本や当時の商業報告原本を直に照合したものではない。

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