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Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
裁判とスキャンダル · 英国

手控え帳と四枚のギニー金貨

革装の手帳、絹の面紗、そして四枚のギニー金貨を奪ったとして訴えられたメアリー・スタンドフォードは、死罪を言い渡された。女は金貨を情交の対価として贈られたと申し立てたが、男は窃盗を主張した。双方の言い分を書き留めた当時の犯罪年代記は、やがて女が死一等を減ぜられる流刑の恩典すら拒んだ経緯を伝えている。

革装の手控え帳一冊、絹の面紗一枚、そして四枚のギニー金貨――メアリー・スタンドフォードの命運を封じたのは、ただそれだけの品々であった。夜の席を共にした男は、すべてを盗み取られたと告発した。対して女は、金貨は心づくしの贈り物であったと答えた。贈り物か、さもなくば盗奪か。一夜の逢瀬と絞首台を分かつ深淵は、その一点にのみ横たわっていたのである。この事件を書き留めた古色蒼然たる年代記は、双方の食い違いを記す一方で、裁判の経緯のみならず、女のこれまでの落ち度や不行跡を暴くことにも同じだけの熱量を注いでいる。

筆記者がメアリー・スタンドフォードと呼ぶその女は、誠に実直な両親のもとに生を受けたという。親らは娘を学校へ通わせ、相応の身代にふさわしき本分を尽くせるよう育て上げようとした。しかし記録によれば、娘はやがて若い男たちとの交わりに耽り、近隣の市に足を運ぶことに心を奪われていった。素行を案じた親族は、ついに娘をロンドンへ送り出すこととしたが、年代記はその決断を、悪友との縁を断つための止むに止まれぬ処置であったと説いている。

大都会において、スタンドフォードは一、ふたつの良き勤め口を得た。しかしその素行ゆえに、ほどなく職を失ったとされるのは、当時の教訓めいた筆法によるものであろう。やがてひとりの従僕に手込めとされ、街頭の夜鷹へと身を落としていった。年代記は、この時期の彼女が「黒きメアリー」ことメアリー・ローリンズと交わっていたことを記している。ローリンズもまた、かつてはシティの富裕な旦那に囲われていながら、落ちぶれて路傍に迷い出た女であった。ふたりはテンプル・バーとラドゲイト・ヒルを行き交い、ある時は若い男から小遣いを巻き上げ、またある時は路銀にも事欠いて着物を売り払い、一枚の衣類を代わる代わる身にまとって街へ立ったという。

記録はその後、ローリンズの身の上とスタンドフォードの歩みとを分けて語る。ローリンズは近衛騎兵隊の元兵士と結ばれ、以前の住まいを離れてウェストミンスターのキング・ストリート界隈へ移り住んだ。だが年代記は、この婚姻によって女の行状が改まったとする見方を退けている。夫となった男は、客から得た贈り物をことごとく巻き上げ、なおも辻立ちを続けるよう唆したという。そのような暮らしに、ローリンズが長く耐えられるはずもなかった。ある夜、彼女はスタンドフォードと再会し、夫の元を逃れて身を寄せた新たな界隈へともに赴くよう説き伏せたのである。

ワッピングの河岸近くに至り、女ふたりは幾ばくかのゆとりを取り戻した。荒くれた船乗りたちが、新たな客筋となったのである。懐に金の入った水夫らは気前よくそれを使い、路銀に窮した者があれば、周旋屋が間に立って用立てた。年代記は、船乗り相手の周旋人たちとふたりとの浅からぬ関係や、多額の手数料の存在を仄めかしているが、その帳目の詳細は明かしていない。この商売において、仲立人も女たちもそれなりの利を得ていたはずである。界隈の顔ぶれは変われども、利害の絡み合いは以前と何ら変わらなかった。かつての道連れが、再びひとつ屋根の下で手を組んだに過ぎない。

やがてスタンドフォードもまた、ひとりの男と世帯を持った。身を固めるに吝かではない男が現れたため、添い遂げる気になったのである。だがローリンズが夫を捨てたように、彼女もまた一年ほどでその男の元を去った。後にはシティの屋敷に仕える召使いと懇ろになり、子を身ごもった。子の誕生は暮らしの入り用を否応なく増やした。女は昔馴染みと袂を分かち、ふたたび独りきりで街頭に立った。記録の伝えるところによれば、独りの方がより実入りが良いと踏んだからであった。

身の上を改めて間もなく、スタンドフォードはある男と巡り合った。男は彼女に酷く執心した様子を見せたと記録にある。夜の膳を奢り、枕を交わし、そして女の申立によれば、四枚のギニー金貨を差し出したという。ところが男の方は、革装の手控え帳一冊、絹の面紗一枚、そして同じ額の金貨を盗まれたと真っ向から言い立てた。この両者の食い違いこそが、彼女をニューゲイト監獄へと送り込む告発の核心となったのである。

死罪の判決を受けた後、友人の幾人かが、植民地への流刑に減刑される道が残されているのではないかと望みを繋いできた。だがスタンドフォードはその申し出を一蹴した。異国の海を渡って命を繋ぐくらいなら、イングランドの地において、いかに無残で恥辱に満ちた死を遂げようとも、この場にとどまり命を落とす方を選ぶと言い放ったのである。その揺るぎなき覚悟は記録者を驚かせ、年代記はこの頑迷な拒絶に対して長大な論難を費やすこととなった。記録者の見立てによれば、遠き植民地への恐怖こそが罪人から唯一の生きる道を奪うのであり、かの地での暮らしがいかに穏やかなものであるかを説いて聞かせるべきだというのであった。

記録者は、メアリーが決して受け入れようとしなかった流刑の利を、確信に満ちた筆致で弁じ立てる。海を渡ることが決して悲惨な境遇に身をやつすことではないと罪人らに知らしめるため、小冊子を印刷して配るべきだとすら説く。彼の言い分では、海を渡った先で課される労働とて本国の貧農と何ら変わるものではなく、主となる者らも同じ英国人である以上、その国民たる美徳を失ってはいないはずだというのである。だがこれは制度を擁護する側の手前勝手な理屈に過ぎず、メアリーの実感を代弁したものではない。女が底知れぬ隷属を見て取った場所に、男は人生をやり直す勝機を押しつけようとしたに過ぎなかった。

記録者の理屈はなおも続く。本国で赦免を得たところで、待ち受けるのは貧窮と地に堕ちた世評、そしてかつての悪徳への誘惑ばかりである。されど植民地にあっては、勤め上げさえすれば自らの身代を築くこともかなう。もっとも、流刑地から密かに逃げ戻った者は再び捕らえられれば極刑を免れず、その恐怖ゆえに、かえって残忍な兇行に走るのだとも論じている。こうした一切の弁舌は、友らが持ちかけた一筋の望みすら撥ねつけたひとりの女の足元で空しく空転していた。友らがもたらしたのは確約された恩赦ではなく、減刑の可能性という儚い夢に過ぎなかった。そしてその一縷の望みすらも、彼女の頑なな心を翻すことはできなかったのである。

残された日々において、女は自らの幼子にほとんど頓着を見せなかったと記録者は批判を込めて記している。子は教区が引き取って育てることを願っていたという。自らは大罪を犯した身であると認め、神の許しを乞うた。記録が描く彼女は、宣告を受けてなお祈りを捧げ、刑場に引き出されてもなお祈り続けていた。告発した男に対しても、他のいかなる者に対しても、恨み言ひとつ遺さなかったという。千七百二十六年、タイバーンの絞首台にて露と消えた。齢、三十六に届くころであった。

我が子の行く末を教区の手に委ね、自らは神の憐れみを請い、海の向こうにぶら下げられた新たな生への誘いを毅然と拒んだメアリー。彼女を告発した男は四枚のギニーを盗まれたと言い張り、女はそれを貰い受けたと言い張り続けた。法廷の下した判決は、ふたつの言葉のあいだに冷酷な境界線を引いた。だが死を賭して異国の土を踏むことを拒んだ女の矜持までを、その判決が屈服させることは叶わなかったのである。

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中篇小説(ノヴェラ)

モロッコ革の帳面

酒亭で相席となった客から、革装の手帳と四枚の金貨を奪った廉で捕らえられた製本職人の女を描く歴史探索小説。女は金貨を仕事の代価だと主張し、男は懐から抜き取られたと譲らない。折しも宿の給仕女が、別の旅人の部屋で同じ造りの帳面を目にしていた。一方的な言質のみで絞首台へ送られるのを免れるため、製本工は給仕女を説き伏せ、雇い主に逆らう証言を引き出さねばならない。懐に収まる紙束ひとつが、生と死を分かつ唯一の物証となる法廷劇。

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長篇小説(ロマン)

贖われぬ帰港

死罪か、それとも流刑地への遠島か――二者択一を突きつけられた女囚を巡る歴史法廷小説。移送の手続きを進める若い書記官は、女に着せられた窃盗の罪が、同姓同名の別人の仕業であった疑いに突き当たる。真相を追う探索は、孤児となった子の命運と、大商人たる告発者の名声を揺るがしてゆく。真意の見えぬ男の手を借りてまで、女は命を乞うべきなのか。法が定めた冷酷な結末の狭間で、己の命の引き際を選び取る人間の矜持を描く。

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大河三部作(トリロジー)

物証の系譜

革装の手控え帳、金時計、そして一筋の合鍵――身近な携行品ひとつが命取りとなった三つの窃盗事件を追う歴史連作集。いずれの事件でも、告発者の背後には女の破滅を望む者が潜んでいた。宿場街から古物商、法廷の闇へと物証の足跡をたどる女探索者が、証言者たちの隠された利害を暴き出してゆく。真実を握るのは誰か、そして女の命を売り渡して得をしたのは何者なのか。物の移動から人間の業をあぶり出す三部作。

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歴史的典拠と文学的再構成について

原資料103番(1,558語)を全訳の上、精査。原典の記述によれば、スタンドフォードは夕餉を共にした男から四枚のギニー金貨を贈られたと主張し、男側は金貨に加え、革装の手控え帳および絹の面紗を盗み取られたと告発した。女は有罪の判決を受けたが、公判の仔細や盗品の行方については記録されていない。流刑への減刑という助命の道が示唆されたものの、女はこれを拒絶した。ただし、彼女がなぜそれほど異国への流刑を恐れたのか、その心情の詳細は記されていない。流刑制度を熱心に擁護し、海外での過酷さを否定する長大な論述は年代記の筆記者の主観であり、客観的事実としては扱えない。スタンドフォードは1726年、36歳を前にタイバーンで刑死したが、処刑の月日は特定されていない。公開目録およびcap400草稿の調査において、スタンドフォード、ローリンズ、革装手帳の盗難、ギニー金貨四枚を巡る重複記録は存在しない。別件の窃盗で処刑された女囚の記録とは峻別されている。外部資料(Early American Crime)は1726年という年号を裏付け、オールド・ベイリーでの公判(1726年7月11日)および8月3日の日付に言及しているが、これらはレイノルズの記述と整合せず、原資料記載のリンクからは閲覧できなかった。したがって、本稿では年号を1726年とのみ留め、底本の配列から安易に月日を類推することは避けた。参照二次資料:https://www.earlyamericancrime.com/convict-transportation/convict-voyages/mary-standford。

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