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Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
義賊と街道の無法者 · 英国

御者は道を熟知していた

「疾走のリチャード(ギャロッピング・ディック)」の異名をとったリチャード・ファーガソンは、辻馬車の御者から追剥へと身を落とした。ペラムの編纂録は、御者による追剥への道順漏洩の手口から、年代定かならぬ数々の犯行の軌跡、そして1800年4月にエイルズベリーで下された死刑判決と刑の執行までを、回顧の筆致で描き出す。

追剥は顔を黒布で覆っていた。北行き街道で辻馬車を狙い澄ましたその男は、御者が知己であることを見落としていたのである。だが、一陣の風がその稚拙な用心を吹き払った。黒縮緬(クレープ)の覆面がめくれた瞬間、御者台のリチャード・ファーガソンは、ロンドン界隈の某(なにがし)の女の館で見かけたことのある顔を認めた。馬車に乗る客は期せずして追剥に金員を差し出す羽目になったが、手綱を握る御者が追剥にもたらしたのは、それ以上に厄介な危機――すなわち姓名と居所であった。

この邂逅は、ペラムの編纂録において「疾走のリチャード」ことファーガソンに捧げられた一章に記されている。1887年版の同書は、その生涯を街道の冒険譚として描き、名うての盗賊たちの系譜へと並び置こうとする。本稿はその回顧録に沿うものであるが、編纂者が法廷文書を引いていない以上、その記述には一定の限界があることを付言せねばならない。物語は仮面や短銃の気配からは遠く離れた厩舎から始まる。ハートフォードシャーの従僕の息子として生まれたファーガソンは、旅人を襲う術を覚えるより前に、馬の扱いを身につけたのであった。

少年は父と同じ主に仕えていた。正規の御者が病臥した際、代役として一時的な引き立てを受けたものの、本人が平癒すると、再び以前の下働きへと戻された。ペラムはこの降格に耐えがたい屈辱を覚えたのは彼の驕慢によるものと断じている。折しも主人の知己が御者を求めていた。ファーガソンは名乗りを上げて雇い入れられ、新たな雇い主に付き従ってロンドンへと向かった。馬の扱いが職を与え、今やその馬が彼に帝都の門を開いたのである。

彼はこの屋敷に長く仕えた。編纂録も当時の彼の実直さと粘り強さを認めているが、やがて女中との情痴沙汰を理由に暇を出されることになる。この離縁の事情について同書が語るのはそこまでである。職を失った元御者は酒場に入り浸り、同業の召使らと交わる日々を送った。やがてピカデリーの貸馬商に雇われ、手慣れた職務に復帰したものの、程なくして雇い主が他界する。こうして再び街に放り出されたが、この時は懐に頼るものがあった。主人が遺言で五十ポンドの遺産を残してくれたのである。

ペラムの記すところによれば、彼はこのとき「紳士」気取りの野心に憑りつかれたという。遺産は喪服の仕立てや劇場の木戸銭へと消えていった。ドルリー・レーンにて知り合った女の家に通い詰めるようになったが、編纂者はこの関係を当時の道徳観と筆致で裁き、御者の盲執こそが以後の転落を招いたと結論づけている。五十ポンドは逢瀬を重ねるうちに底をついた。その家には他にも男たちが出入りしており、ファーガソンもその姿形は見知っていたものの、彼らが己より贅沢な暮らしを誇示できる稼業の正体までは知る由もなかった。

路銀が尽きると、彼はピカデリーの旅籠に職を求めた。ロンドン近郊で馬車を走らせながら、往年の恋敵たちが仕立ての良い服をまとい、見事な馬に跨がっている姿を折折に見かけた。そして、かの北行き街道での急襲が訪れる。覆面の男が短銃を突きつけ、脇道から現れた別の男が乗客の金を要求した。そのとき、風が首魁の覆面を捲り上げた。ファーガソンは、編纂録にジェリー・アヴァーショウと記されたその顔を見留めたのである。遠方に人影が見えたため、追剥どもは慌ただしく馬首を返して去った。

この一件は、一介の御者が居合わせただけの強盗事件として終わることもできた。しかしペラムによれば、賊の側も事態の危うさを悟っていたという。街道沿いの宿場に身を潜めた彼らは、くだんの御者が馬に水を飲ませるために戻ってきた折、席に呼び寄せるよう手筈を整えた。賊は口止め料として金を差し出し、ファーガソンはこれを受け入れた。かつてその素性を探ろうとしていた男たちから、今や再び女のもとへ通うための路銀を得たのである。

その手当には、その夜サザークのボロー地区にある隠れ家で催される晩餐への誘いも添えられていた。記録によれば、ファーガソンはその合間に女の館を訪ねたものの、門前払いを食らったという。失意のまま、彼は盗賊の巣窟へと足を向けた。卓には豪勢な料理が並び、悪漢たちが騒ぎ立てていた。ペラムはこの夜の宴こそが、ファーガソンが一味に身を投じる契機となったと説く。もっとも、街道の待ち伏せにもう一頭の馬を急ぎ増やす必要はなかった。彼らが手に入れたのは、より重宝な存在――すなわち、宿場の内通者であった。

ファーガソンに課せられた役目は、宿場を発つ辻馬車の行程を逐一密告することであった。路傍を行き交う御者だからこそ、街道の細部は知り尽くしている。待ち受ける賊どもは、旅人をどこで襲撃すべきか容易に選ぶことができるようになった。編纂録によれば、彼はこの情報提供の対価として、幾度もの大きな獲物から分け前を得ていたという。乗客の名や被害額についての記載はない。だが手口の要諦はそこではない。強盗の仕込みは、客が旅の支度を託したその宿場の中で始まっていたのである。ピストルが突きつけられるのは、宿から漏れた情報によって誂えられた、逃げ場のない闇の中でのことであった。

ファーガソンが宿場に留まっている限り、自ら手を下して馬車を止めることなく、情報の対価として分け前を受け取ることができた。これこそが一味の彼に課した当初の役目であった。同章はこの情報屋としての役回りと、のちに彼自身が踏み出す追剥稼業とを明確に区別している。両者は同時に始まったわけではない。

だが、賊との気脈を通じる動きはやがて疑いを招いた。職を追われたファーガソンは、ついに自ら街道の闇へと躍り出た。馬を禦(ぎょ)する巧みな技は、獲物の馬車に追いつくにも、追手の手を逃れるにも遺憾なく発揮された。その駿足ぶりから、やがて「疾走のリチャード(ギャロッピング・ディック)」の通り名が生じたと書物は伝える。旅人に奉仕するために培った技術が、今や彼らを脅かす刃へと変じたのである。見慣れた街道、乗り慣れた馬、測り慣れた距離のすべてが、悪事の道具と化した。ペラムはこの時期の彼を、日付の記述こそ欠くものの、向かうところ敵なしの勢いであったかのように描いている。

編纂録はその中から、エッジウェア街道での一件を特筆している。ファーガソンと二人の仲間が二人の男を襲撃した際、彼は馬を駆って脱出に成功したが、残る二人は捕縛され、裁判を経て処刑された。編纂者はこの章で彼らの名を明かしていない。また、ボロー地区の居酒屋の女房二人と相次いで駆け落ちした顛末を語りつつも、この男に帰せられた数々の武勇伝を逐一列挙することは控えている。ロンドン近郊の強盗事件のほとんどにファーガソンの影を見出すその筆致は、巷説の域を出るものではなく、立証された事件の目録とは言い難い。

同書はボウ・ストリートでの幾度もの拘引や、オールド・ベイリーでの公判と無罪放免の記録を伝えるが、その公判期日や法廷でのやり取りまでは記していない。この綱渡りの日々に終止符を打ったのは、エイルズベリー近郊で起きた事件であった。ペラムが「大胆不敵」と称する襲撃に加わったファーガソンは、程なくして捕らえられ、面通しによって特定された。続く巡回裁判で有罪が宣告され、死刑が言い渡されたのである。しかし、この章のいかなる記述をもってしても、証言録取を復元することも、被害にあった旅人の名を特定することも、あたかも法廷に居合わせたかのように審理の模様を再現することも叶わない。

ペラムは刑の執行を1800年4月のエイルズベリーと記すのみで、具体的な日には触れていない。恩赦の望みを絶たれ、死を覚悟して諦念を示す死刑囚の通り一遍の素描をもって筆を置いている。御者としての道案内によって客を賊の手に売り渡した男の生涯は、司法との最後の対峙がわずか数行で片づけられた記録の中で幕を閉じた。その数奇な歩みの中で、もっとも克明に記されているのは皮肉にも最初の過ちであった――覆面の男が、止めるべき馬車を誤ったあの日である。賊はその日、彼の沈黙を金で買った。そしてその口止め料とともに、次なる旅人の通る道筋をも手に入れたのであった。

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中篇小説(ノヴェラ)

十時間の道程

独立した短編小説案。1847年、ディジョン。運送会社の元帳係を務めるルイーズは、異なる街道で三人の旅人が相次いで襲撃された事件に不審を抱く。被害者はいずれも出発直前に発車時刻の変更を申し出ていた。嫌疑をかけられた辻馬車の御者は、自らの潔白を証明すべく日当計算用の運行札を彼女に託す。改竄の跡を精査したルイーズは、配車係の書記が街道沿いで旅籠を営む実兄へ道程を漏洩していた事実を暴く。彼女は架空の金塊輸送を仕立てて憲兵隊に通報。待ち伏せによって兄弟は一網打尽となり、御者の無実も証明された。かくしてルイーズは、何人たりとも単独では書き換え得ぬ新たな帳簿を手に、事務所の差配を一手に引き受ける。

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長篇小説(ロマン)

不在者たちの駅舎

独立した長編小説案。1872年、トリノ。獣医師の青年は、軍馬の輸送後に忽然と消息を絶った御者の兄を行方を探していた。中継駅の駅長は兄が売上金を持ち逃げしたと主張するが、ある貴婦人の手元には、失踪宣告以後の日付で兄の署名が入った預かり証が遺されていた。偽装された烙印の馬を追ううちに、獣医師は駅長が差配する運送契約の偽造密売網に行き当たる。兄は不正な署名を拒んだ廉で人里離れた農場に監禁されつつも、鍛冶屋の手を経て決定的な証拠を託していた。兄弟の救出劇とともに不正帳簿は押収され、駅長は断罪、馬は正当な買い手の手に戻る。やがて兄弟は、すべての荷に二重の検認を義務づける新たな運送問屋を立ち上げる。

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大河三部作(トリロジー)

ルノワール運送記

独立した三部作小説案。ある運送問屋の盛衰を担った三世代の血脈。1836年のリヨン、初代ジャンヌ・ルノワールは共同経営者が仕組んだ貨物強奪を阻止し、自立の道を切り開く。1871年のブリュッセル、二代目たる息子は、旅人を詐欺師の手に売り渡した廉で投獄された御者の汚名を注ぐべく奔走し、予約帳の照合から馬車のすり替え工作を白日の下に晒す。1906年のジュネーヴ、三代目の孫娘は相次ぐ馬車事故の裏に潜む保険金詐欺を暴き、制動機に細工を施していた保険業者を法廷で追い詰める。全編を通じて問われるのは、一枚の署名が旅路を狂わせる運送稼業において、人は何を頼りに発車を託すべきかという信義の重みである。

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歴史的典拠と文学的再構成について

本稿は、プロジェクト・グーテンベルク所蔵のペラム著『犯罪年代記』(1887年版)372〜374頁所収「リチャード・ファーガソン、別名ギャロッピング・ディック」の章に拠る。この回顧的記録には、エイルズベリー公判の正式な法廷速記録や証言録取、審理の詳細は含まれていない。処刑年月を1800年4月と記すのみで具体的な日は特定されておらず、最後の強盗事件の被害者の名も伏せられている。他の余罪に関する編纂者の概括的な記述も当時の巷談を反映した叙述にとどまり、客観的な事件目録をなすものではない。

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