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Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
裁判とスキャンダル · 英国

法廷が退けた肉声

ジェーンとジョージ・ディングラー――被害者、不在の証言者、そして法廷の攻防。

ジェーン・ディングラーは、事の次第を語り終えるまで命を繋ぎとめていた。それにもかかわらず、その夫を裁く公判において退けられたのは、ほかならぬ彼女自身の肉声であった。瀕死の重傷を負いながら治安判事へ語り聞かせた惨劇の証言は、十二日間の入院の果てに彼女が絶命したことで宙に浮く。検察側がこの口供書の朗読を求めた折、弁護側は頑として異議を唱え、法廷もまたその主張を認めたのである。

この一件は、短慮な感情の押しつけを頑なに拒む。自らを襲った暴難を明瞭に証言し得た被害者である以上、その声に耳を傾けるべきだとする心情は痛いほどわかる。しかし同時に、自ら弁駁する機会を一度も与えられなかった言辞のみを根拠に、罪に問われてはならないという原則もまた揺るぎない。寛政三年にあたる一七九一年、オールド・ベイリー中央刑事裁判所において、妻を手にかけ、その命の責めを負わねばならぬ一人の男を前に、相容れぬ二つの要請が正面から激突した。

夫の申し立て

ジョージとジェーンの夫婦は、別居ののちに復縁を遂げていた。歴史家K・J・ケッセルリングの研究が引く夫の供述によれば、男は妻の不貞を疑い、その証拠は幼い息子にも証言させ得ると吹聴していたという。むろん、かかる言い分をジェーンの行状の真実と見做すわけにはゆかない。それは何よりも、自らの所業を裁く者たちに対し、男が信じ込ませようと企てた言説にすぎぬからである。

男は妻へ幾度も刃を突き立てた。最初の一刀が衣服の上でへし折れるや、すかさず別の得物を取り直したという。公判記録に記されたこの克明な細部は、単なる逆上による一過性の過ちとして片づけることを許さない。明らかな中断があり、冷酷な再開があった。ジェーンはそのまま病院へと担ぎ込まれた。

刃傷から息を引き取るまで、十二日の歳月が横たわっていた。その病床に誰が見舞いに訪れ、施される治療に彼女が何を恃んでいたのか、今は知る由もない。文芸の筆をもって最後の述懐を捏造せずとも、この十二日という日数の重みは十分に伝わる。十二日とは、なお生がそこに踏みとどまり、傷ついた肉体が抗い、明朝の目覚めが事態を好転させるかもしれぬと微かな望みを繋ぐ時間である。しかし法廷にとっては、彼女がいかなる心境で語ったのかを見極めねばならぬ審理の対象にほかならなかった。

枕元の治安判事

その口供書は、凶行の翌日、宣誓のもとに録取されていた。筆を執った判事の焦慮は察するに余りある。重傷人はいつ身罷るか知れず、その記憶は何としても書き留めねばならない。衰弱した被害者が、のちに陪審員の前で再び陳述すること能わぬ事態を考えれば、文字として定着させることこそ急務であった。

だが、その聴取の場にジョージの姿はなかった。男には妻の申立を反駁し、仔細を問い糾し、反対尋問を試みる機会が与えられていなかったのである。その記録はたしかに死にゆく者の声を留めていたが、双方が対峙して磨かれるべき証拠の試練を経てはいなかった。法廷を包む葛藤の因って来たる所は、証言を保全することと、それを被告人を断罪する証拠として用いることとの間に存する深き懸隔にあった。

その恩恵に浴する被告の姿のみを目にするならば、かかる厳格な分別を不当と断じるのは容易い。しかし、彼一人のために例外を設ければ、法が万人に保障すべき盾そのものを損なうことになる。被告人の権利を守る法規は、対象への同情や好悪によって適用を選びはしない。さもなくばそれは法ではなく、ただ共感を覚える顔立ちへ気まぐれに与えられる恩寵へと零落してしまう。

臨終の自覚

死の期が切迫していることを本人が確信してなした言立(死者の臨終供述)は、特定の要件を満たす限り、反対尋問を経ずとも証拠能力を認められることがあった。古くからの法理が拠って立つのは、間もなく神の前で生前の審きを受けねばならぬ者が、いまさら偽りを口にして現世を去るはずがないという信頼である。したがって、審理の折に証言者が既に物故しているという事実だけでは足りず、言葉を発したその瞬間に、本人が己の死をいかに信じていたかが問われねばならなかった。

ディングラーの公判において、検察側はこの口供書をその例外に組み入れることが叶わなかった。ジェーンの負った傷はまぎれもなく致命傷であったが、記録の文面からは、彼女自身が己の最期を悟っていたと断ずるに足る証拠が見出せなかったのである。のちにもたらされた死という結果をもって、過去の陳述に「臨終の確信」を遡及して付与することは許されない。

訴追側は、この書面こそが本件において得られる最善の証拠であると食い下がった。それは一見、良識に適った主張であった。被害者自身の肉声にまさる直接の証しが、ほかにあろうか。だが弁護側は、いかなる条件下でそれが聴取されたのかという根本義を突きつけた。法廷は朗読を却下した。ジェーンの言葉が虚偽とされたのではない。証拠としての適格を欠くと判定されたにすぎぬ。無念の声を法廷に響かせんと願った者らにとって、その差を受け容れることは困難であったろうが、法にとっては譲れぬ一線であった。

弁護は免責にあらず

ウィリアム・ギャロウは、ジョージの弁護を粘り強く継続した。ケッセルリングの指摘によると、弁護人は妻の不貞疑惑を法的免責の理由へすり替えるような真似はしなかった。起訴状の形式的不備を執拗に突き、さらには故殺への減軽を勝ち取ろうと知恵を絞ったのである。だがその労苦も実を結ばず、ジョージには謀殺罪による有罪判決が下り、絞首刑ののちに遺体を解剖用として引き渡す旨の厳罰が言い渡された。

口供書が排除されたからとて、公訴事実の全体が崩れ去ったわけではなかった。この一事こそが、劇的な法廷劇の構図を根底から覆す。法の微細な間隙を突いて悪漢が放免されたとか、正義の弁護士が法廷の偏見を打ち砕いたといった、通り一遍の講談めいた筋書きにこの事件は収まらない。弁護側は法理の要衝で一角を崩しながらも、本戦において敗北したのである。法廷は証拠能力の厳格な限界を守り抜き、そのうえで極刑を宣告した。

この異議申立が何を守ろうとしたのかを理解するのに、被告人への同情など露ほども要らない。また、法理の厳格さを讃えるあまり、自らの受けた傷口を通してしかその名を後世に残し得なかったひとりの女を忘却することも許されない。読者はこの二つの真実の狭間に、危うい均衡を保ちながら立ち止まらねばならない。いかに善意に満ちた目的であれ、それを果たす手段の吟味を免れることはできないのだから。

判例が重ねる二度目の生

星霜移ること二百有余年、合衆国最高裁判所における「ジャイルズ対カリフォルニア州事件」の判決において、反対尋問を欠いた証言の歴史を検証すべく、この古色蒼然たる記録が再び紐解かれた。ジョージとジェーンの名は、かつての荒涼とした寝室や病舎を遠く離れ、現代の法廷文書のただ中へと呼び戻されたのである。二人の悲劇は、海を越えた異国の地で、いまなお別の被告人たちの法的保障を問い直すための鑑となった。

法規というものは、それを取り結ぶ契機となった血の通う人間たちの命脈を越えて生き続ける。むろん、それが当人たちへの慰藉となるわけではない。後代の法廷で議論が戦わされようと、ジェーンの無念が晴れるわけでも、ジョージが絞首台から生還するわけでもない。しかし彼らの歩みは、単なる家庭内暴力の惨劇とその処罰という矮小な枠組みを抜け出し、我らがいかなる根拠をもって「事実を知り得た」と自認しているのかという、法の根源的な問いを今なお突きつけずには置かない。

被害者は語り、法廷は何を聞くべきかを冷徹に定めた。結末を劇的に彩るための奇妙な秘密などではなく、まさにこの二つの所作のあいだに横たわる深淵にこそ、本件が今なお放ち続ける仄暗い動揺が宿っている。

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中篇小説(ノヴェラ)

不在の証人

深手を負った女の最期の言葉を書き留めた代書人。法廷に立った彼は、死にゆく者の声をただ文字に残すだけでは、裁きの場で真に届かせること能わぬ無情の掟を思い知る。

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長篇小説(ロマン)

ジェーンの十二日間

凶行の後、病床に横たわる女をめぐり、夫、幼き息子、そして隣人の言説が鋭く交錯する。何が証拠として認められ、誰が何を語らざる道を選んだのか。生と死の狭間を描く長編法廷劇。

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大河三部作(トリロジー)

法廷の谺(こだま)

時代を異にする三つの裁きを通し、ある法曹一族の変遷を辿る三部作。斥けられた瀕死の証言、金で買われた証人、そして誰も疑うことのなくなった科学鑑定の光と影。

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歴史的典拠と文学的再構成について

ジェーンの口供書をめぐる法理の応酬は、二〇〇八年の合衆国最高裁判決「ジャイルズ対カリフォルニア州事件」に引かれた先例「国王対ディングラー事件」の精緻な記録に拠る。オンライン上で閲覧可能な原典の第二十一葉から二十二葉に及ぶK・J・ケッセルリングの研究は、弁護側の法理的攻防と有罪宣告の経緯を鮮やかに解き明かしている。本稿は判決の宣告および法制史上の余波までを収め、刑の執行そのものの再現は差し控えた。随所に配した批評的視座および史料の照合は、筆者独自の史論に基づく。

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