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Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
詐称と巨万の富 · フランス

旅行鞄とパリ市公債の消長

一八七五年、アドルフ=エメ・シャストーは三つの嫌疑により重罪裁判所へ召喚された。一八七〇年における公金二十万フランの使途不明、ヴェルサイユ遷都の混乱期に生じたレ・アール中央市場の上がり百二十万五百二十フラン八十サンチームの簿外処理、そして市債借換の裏で行われた償還済公債の不正受託である。

一八七一年の春、ヴェルサイユの仮庁舎へ、パリ市出納課が予期せぬ巨額の金員が三名の役人によってもたらされた。彼らはレ・アールの中央市場において問屋筋から徴収すべき諸税を回収してきたのである。重罪裁判所の記録によれば、随行のショランが見守るなか、エレとジャクランの二名がシャストーの手へ渡した額は十二万五百二十フラン八十サンチームに及んだ。持参した二人は受領証の発行を求めたが、シャストーは頑なにこれを拒んだ。役所が移転し業務が四分五裂していた当時の情勢にあって、この一枚の紙片を欠いたことが、四年後に金庫の行方を巡って互いの主張が激突する紛議の導火線となろうとは、誰も知る由がなかった。

官憲はヴェルサイユへ逃れ、職員らはそこで細々と市政出納の職務を続けていた。しかし激動の世にあっては、役所の定刻も帳簿の秩序も顧みられることはない。当時、主任出納官の地位にあったシャストーは、上役のノワイヨン氏とともにパリを脱出していた。部下らは細々と入市税を集め、その公金を革の旅行鞄に詰め込んで運んでいたのである。折を見ては、レ・アールに未納となっていた市場税の回収にも当たった。だが後者については、徴税簿を作成すべき部署自体が崩壊していたため、通常の照合帳票をもって残高を監査することは叶わなかった。

法廷で問われた第一の使途不明金は、このヴェルサイユ退避より前に生じていた。一八七〇年十一月後半、セーヌ県知事ジュール・フェリーのもとへ、市金庫に二十万フランの欠損が生じているとの急報が入る。知事に呼び出されたノワイヨンはシャストーを問い質した。シャストーは当初、根も葉もない中傷であると撥ねつけ、午後三時の実査においても金庫の帳尻は合っているかに見えた。ノワイヨンは安堵して引き揚げた。だがその後、シャストーが同僚の出納官ポワソン氏から二十万フランを密かに借り入れ、検査の場へ急遽補填していた事実が露呈したのである。

この帳尻合わせの解釈を巡り、公判記録は二つの相反する主張を記している。検察側の見立てによれば、この実査は欠損を糊塗するために仕組まれたものであり、借用した紙幣は一時的な穴埋めに過ぎず、シャストーはノワイヨンに泣きついて違算の弁済を約し、口封じを図ったのだという。証人らも、その数日後に穴埋めがなされたと証言した。これに対しシャストーは、動乱の略奪から守るために自身の身元保証金を一時自宅へ引き上げただけであり、求めに応じて即座に戻したに過ぎないと抗弁した。ノワイヨンはそのような「疎開」を唆した覚えはないと否定した。ポワソンからの借金、二度にわたる出頭、知事への弁明――それらが単なる保全策であったのか否かは、いずれの言を信ずるかによって水掛け論の様相を呈した。

それから数か月後、レ・アールで集められた旅行鞄の公金が、さらに根深い疑念を呼び起こす。検察の算定によれば、一八七一年三月十一日から二十八日にかけて徴収された金額は十二万五百二十フラン八十サンチームであった。シャストーはこの入金を自身の収入簿に記載しなかった。それにもかかわらず、その金からエレとジャクランに支払った給料だけは支出簿に計上し、残金はすべてノワイヨンへ手渡したと言い張った。一方のノワイヨンは、そのような金に手を触れたことなど一度もないと真っ向から否定した。官衙がパリへ帰還し、会計帳簿が再編された際にも、この大金を裏付ける記録はどこにも見当たらなかった。

のちにジャクランが転居の折、市場の問屋から徴収した際の控帳を偶然見つけ出した。帳簿を照合すると、その金額はいかなる公式簿冊にも存在しなかった。検察の冒頭陳述によれば、ジャクランの追及を受けたシャストーは、仔細はノワイヨンに聞けと突っぱねたという。やがてシャストーは鉄製の小箱を持ち出し、紙幣はその中に保管したのちフランス銀行へ寄託したと弁解した。だが検察はその預入の虚偽を暴く。フランス銀行の職員らは紙幣の存在を確認しておらず、その保管手続きも同行の内規と到底合致しなかったからである。ノワイヨンもまた、受領を頑なに否認し続けた。一八七五年一月、夫の逮捕劇の直後、シャストー夫人がマセ警部のもとへ四万三千フラン分の紙幣を持参した。この大金もまた審理の俎上に載せられた。検察側は遅きに失した不完全な横領金の返還とみなし、弁護側は実家に代々伝わる私財であると主張した。

これら二つの事件は、乱脈を極めた帳簿と食い違う証言の藪の中に埋もれていた。しかし第三の訴因は、シャストーの執務室から押収された売買計算書、債権証書、そして手帳の筆跡によって明白に裏付けられていた。それは一八七一年のパリ市公債公募に関わるものであった。応募者にはまず仮証書が交付され、抽籤を経て、当選した証券には償還金や割増金が支払われる仕立てとなっていた。したがって、すでに償還の済んだ証券を本証書と引き換えることは固く禁じられていたのである。ところが、一八七二年末に行われた引換手続においては、受領印を徴することもなく、同数の証券を無造作に手渡す簡略な方法が採られた。抽籤で当選した証券の識別は、紙片の目印のみに委ねられていたのである。

この粗漏な手続きが誤謬を招いた。判明した不手際はその都度是正されたが、一八七三年一月に着手された総点検において、償還済の債券が未償還の公債であるかのように処理され、交換されていた事実が露見した。陪審に提出された報告書は、該当する証券を額面全額のものと分割証券に選別し、その総数を百七十二点と算定した。公債課の責任者たる者は、直ちに上層部へ事態を報告し、住所氏名が記された計算書を手がかりに所持人を突き止める義務があった。

だが検察の論告によれば、シャストーは別の道を選んだ。束の中から該当する公債を密かに抜き取り、対応する計算書を抱え込むと、預託者の代理人を装って自ら市出納窓口へ赴き、償還金や割増金を着服していったのである。この不正換金は一八七三年十月から十二月にかけて執拗に繰り返され、陪審へ提示された計算書では総額八万八百九十八フラン八十五サンチームに達した。証券の現物に穴が開いて露見するのを防ぐため、シャストーは未引換の仮証書を市場で買い集め、払い込みを済ませて穴埋めを図ったとされる。鑑定人は換金額から四万六千百四十四フラン十四サンチームを相殺し、本来の預託者へ弁済されるべき残余を三万四千七百五十四フラン七十一サンチームと弾劾した。被害に遭った四十二名のうち、自発的に百四十フラン二十八サンチームの返戻を受けたのは、記録によれば仲買人のローランただ一人であった。

弁護側も手法の無軌道さ自体は争わなかったものの、不法利得の意図は断じてなかったと主張した。シャストーは明確な職務命令を欠く中、必要と信じた整理作業を一身に引き受けていただけなのだという。債権の清算を終え、誤って交換された証書を買い戻した上で、本来の権利者を特定しようと試みていたのだ、と。弁護人は、すべての払込票にシャストー自身の署名が堂々と残されている点を挙げ、何ら隠蔽工作は行われていないと声を大にした。執務室から押収された手帳も、各預託者ごとの内訳を克明に記録した覚書に過ぎないと位置づけた。これに対し検察官は、その手帳は誰ひとり権利者を救うために使われた形跡がなく、返還された金額も全体の微々たる端数に過ぎないと反駁した。

残る謎は、その豪奢な金遣いであった。シャストーはメゾン=ラフィットに構えた邸宅や年金収入について、すべて実父の資力によるものと弁明した。弁護側も市に預託していた身元保証金、妻の持参金、一族の援助を根拠に挙げた。検察官は邸宅の維持費や奢侈な生活水準を着服金と照合して激しく追及したが、証言台に立った仲買人らは、被告が株式投機に手を染めた事実はないと証言した。法廷において、金銭の計算書と世間体というものは終始分かちがたく絡み合っていた。一方には冷厳たる帳簿の数字と押収品があり、他方には被告が頑なに主張する誇りと、かつて上官たちが彼に寄せていた長年の信用があった。

一八七四年十二月二十日、セーヌ県知事はさらなる不正の報告を受けた。庁内の内部監査を経てシャストーは逮捕され、家宅捜索によって大量の公債、売買計算書、手帳が押収された。予審判事はこれらの物証を、出納窓口に不審な空白を残していた取引記録と綿密に突き合わせた。重罪法廷において、シュヴリエ次席検事は峻烈な論告を述べ、対するアルー弁護士は出納官の弁明と一部弁済の事実を掲げて無罪を争った。陪審員らは出されたすべての設問に対し有罪の評決を下したが、同時に情状酌量を認めた。裁判所はシャストーに対し、懲役十年および罰金四万フランを言い渡した。

かくして、市金庫を揺るがした三つの不正は、それぞれ異なる貌を見せて決着した。二十万フランの不足はポワソンからの借金で急場をしのぎ、レ・アール市場の徴税額は消えた帳簿、鉄の小箱、相反する証言の間で真相を濁らせ、公債の処理は計算書と代用証券、そして預託者から奪われたとされる巨額の差額を白日の下に晒した。裁判所は陪審の判断に基づき判決を下した。しかし、この事件の真の輪郭を形づくっていたのは、書き込まれた紙片そのものであった。拒まれた領収証、帳簿から洩れた巨額の数字、密かにすり替えられた公債――行政が失われた真実を探し求めねばならなかったのは、他ならぬその帳簿の行間だったのである。

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この実在事件の記録をお読みいただきありがとうございます。本事件をもとに3つの小説企画(中篇・長篇・三部作)を構想しています。あなたが最も読みたい作品にぜひご投票ください。

中篇小説(ノヴェラ)

市場(レ・アール)の最後の一札

架空の港湾都市で市場の閉鎖前夜、ある女商人が自身の鑑札領収書が別人と二重発行されている事実を知る。露店の帳尻合わせを命じられた若い女性書記は、水害の混乱で二人の小使が台帳の順序を取り違えたことを見抜く。女商人の生活を守るため、彼女は翌朝の開市までに参事会を説得しなければならないが、閉鎖を決めた委員長こそは自身の厳格な父であった。法廷劇の緊迫感と家族への義理の葛藤を描く短編小説。

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長篇小説(ロマン)

断崖の債権者たち

架空の公国を舞台に、難関の山岳トンネル開通を条件に特別利子を約束した鉄道公債が乱発される。だが開通直前に発生した雪崩が工事を崩壊させ、補償窓口に持ち込まれた証券番号は公募名簿と不審な食い違いを見せ始める。調査を依頼された女性測量士は、工事請負人が旧来の地割れを隠蔽するため境界標を偽装していた証跡を掴む。技術鑑定の謎解き、大企業の不正裁判、そして敵対する公国の顧問弁護士との許されぬ恋を織りなす歴史長編小説。

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大河三部作(トリロジー)

書記局の三つの扉

激動の時代を迎えた架空の都で、裁判所書記官の一族が辿る数奇な運命を描く三部作。第一部は解体寸前の歴史的石橋の設計図を持ち去った若き女性写字生の逃避行、第二部は相続争いの法廷で自己の顧客と命を狙われる証人の狭間で苦悶する弁護士の決断、第三部は失踪した養子縁組台帳を巡り、名誉を取り戻すべく帰還した令嬢の愛憎劇。冒険、法廷サスペンス、家庭劇へと変遷する壮大な歴史大河小説。

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歴史的典拠と文学的再構成について

本稿は当時の司法専門紙『官報判例報(ガゼット・デ・トリビュノー)』の公判速記録に依拠しており、全公判記録の完全な逐語訳ではない。検察、証人、弁護側の間で移動した金額の算定および流転の経緯には激しい齟齬が存在するが、本稿ではそれぞれの供述主体を明確にした上で相違をそのまま残した。底本として用いた文字起こしは作業用OCRによるものであり、フランス国立刑務所行政学校(ENAP)所蔵の印刷原本(507–508頁および511–513頁)のファクシミリと対校の上で作成された。

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