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Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
裁判とスキャンダル · ドイツ

トロットゲッスヒェンの裏木戸

一八六〇年二月、エーレンブライトシュタイン。寝床で頭部を砕かれ果てた男、ヨハン・メーダー。その傍らで手足を縛られていた妻クリスティーネは、見知らぬ二人組の押し込み強盗の仕業と訴え出た。しかし捜査の網は、やがて彼女の密通相手たる私塾教師、ヨーゼフ・ケラーへと狭まる。陪審はケラーを謀殺罪、クリスティーネを教唆および幇助の罪と断じたが、彼女自身が凶器を振るったか否かは最後まで判然とせぬまま残された。翌年、両名に下された死刑判決は減刑を見ることとなる。

深夜二時、夫婦の寝室の真上に位置する小使部屋から、家人たちが階段を駆け下りてきた。女主人クリスティーネ・メーダーの悲鳴が夜気を裂いたためである。主のヨハンは頭部を無残に砕かれ、血煙の立ち込める寝床に横たわっていた。妻は戸口のあたりで手足を縛られたままうずくまっていた。駆けつけた者たちを前に、彼女は見知らぬ二人組の男が押し入ってきたのだと涙ながらに訴えた。しかし、この屋敷の者も近隣の住人も、誰ひとりとしてその不審な物音を耳にした者はいなかった。

エーレンブライトシュタインに構えられたこの屋敷は、入り組んだ構造をしていた。夫婦が起居していたのは二階であり、奥まった離れを抜ける通路は、裏手の狭隘な小路「トロットゲッスヒェン」へと通じていた。小客間に置かれたヨハンの書見机は引き出しをこじ開けられ、懐中時計のほか、当初の申し立てでは二百五十ターラー、のちの言によれば二百六十ターラーにのぼる金が姿を消していた。床の上には、血に濡れた裸足の足跡が点々と残されていた。枕元に遺棄されていた凶器は台所の手斧であり、その刃にはなお血肉と毛髪がへばりついていた。

未亡人の言によれば、寝入る前、夫が夜更けの旅人二人を迎え入れ、階下の客間に泊まらせたのだという。寝入ってまもなく物音に目を覚ました瞬間、一人の男に猿轡を噛まされ手足を縛り上げられ、もう一人の男が夫を打ち据えた。男らは金目のもののありかを問い質したのち、時計と机の現金を奪い、裏木戸から逃げ去ったのだと彼女は語った。通報が遅れたのは、恐怖のあまり長きにわたり気を失っていたためであると弁明した。

当局はこの筋書きを即座に覆すことはしなかった。ひとつひとつの綻びを、丹念に突いていったのである。屋敷のすぐ近くで夜間警備に当たっていた税吏は、人影など一切目撃していなかった。クリスティーネを縛っていた縄も、血まみれの手斧も、すべてこの屋敷の内にあった道具であった。しかもその縄目は、肌に鬱血の痕すら残さぬほど緩やかに結ばれていた。客間の明かりがなぜ通りから見えなかったのか、また机の引き出しにあった数々の金銀の装身具がなぜ手つかずで残されていたのか、説明がつかなかった。捜査官たちの見立てでは、彼女は自力で縄を解くことが可能であり、壁を叩くことも、枕元にしつらえられた呼び鈴の紐を引くこともしなかった。

翌日、早くも別の端緒が開かれた。コブレンツの住人二名が警察を訪れ、クリスティーネが同地の私塾教師ヨーゼフ・ケラーとただならぬ間柄にあると密告したのである。当初の聞き込みでは、ただちに逮捕に踏み切るには足りなかった。親族も医師も隣人も、夫婦の不和を認める証言をせず、ヨハンの縁者らはクリスティーネの申し立てた二人組の行方を追い、ナッサウ地方を何日も捜索していたからである。身重であったことも手伝い、未亡人に対する身柄の拘束は見合わされた。ケラーの住居の家宅捜索でも盗品は見つからなかったが、押収された手帳から、未亡人から相当の融通を受けていたことが露見した。彼女は金を用立てたことを認めたが、ケラーは頑なに否認した。しかし彼は二十ターラー余りを所持し、四旬節に入ってからというもの分不相応な散財を重ねていた。出所の辻褄を合わせるべく架空の借財の口裏合わせまで試みていた彼は、二月二十九日、ライン川沿いの地へ逃亡を図ろうとした駅の構内で、ついに捕縛された。

夫の妹の庇護のもとで養生していた身重のクリスティーネが正式に検挙されたのは、四月二十日のことであった。数週間にわたり、彼女は不義密通も殺害への関与も断固として否認し続けた。ケラーもまた関与を撥ねつけ、取り調べと対決尋問のたびに、両者の供述は揺れ動いた。四月二十七日の対決において、ケラーはようやく肉体関係と金銭の授受を認めたが、その別れ際、指を唇に当て、次いで手首を自らの喉元に這わせる仕草を見せた。記録者はこれを、沈黙を強いる合図であったと解している。翌日、証人らと引き合わされたクリスティーネは判事との単独面談を乞い、夫を打ち据えた男こそケラーであったと名指しした。その翌日、ケラーはヨハンを殺害したこと自体は自白したものの、自分を唆したのはクリスティーネであり、凶行そのものの記憶は判然としないと抗弁した。四月三十日、彼女もまた共謀の事実を認めたが、企ての首謀者であることだけは断じて認めようとしなかった。

この反目には長い伏線があった。『新ピタヴァル』の記録によれば、冬の間、ふたりの不義の徒はヨハンを亡き者にする手立てを幾度となく謀議していたという。供述調書には、毒殺、有毒ガス、クロロホルムの試行、さらにはアンダーナッハの地へ偽の呼び出しをかけて撲殺しライン川へ沈める計画までが列挙されていた。そのいずれを誰が言い出したのかについては、互いに相手の罪として擦りつけ合った。しかしひとつだけ確かなことは、押し込み強盗の仕業に見せかけるという偽装の筋書きが、着実に練り上げられていた点であった。

二月二十四日の夜、一家は食卓を囲み、下男らは夜の十時頃に床に就いた。ヨハンは馴染みの客とドミノ倒しの遊興に興じたのち、その客を見送った。『新ピタヴァル』の記述によれば、クリスティーネはそのあと、裏木戸の閂を外から開けられるよう細工し、廊下にカンテラと火打ち道具を忍ばせておいたという。深夜一時頃、ケラーは借り物の外套を羽織り、つけ髭を蓄え、足音を忍ばせるため裸足となって裏木戸から忍び入った。そして台所の手斧を握りしめた。細部においては両者の供述に食い違いが残るものの、浮かび上がった光景は、一夜の宿を求めて訪れた見知らぬ旅人などでは決してなかった。

ケラーは、凶行の記憶を失ったまま自宅の寝床で目覚めたのだと弁じ立てた。しかしその靴下、帽子、外套にはことごとく返り血が付着しており、外套に至っては勤務先の学校の便所に投げ捨てられていた。判決後、彼は奪った時計と現金の隠し場所を自供した。時計はとある旅籠の便槽から、葡萄畑の土中に埋められていた現金は農夫たちの手によって掘り出された。犯行後の記憶がないという彼の申し立ては、この物証によって脆くも崩れ去った。

一八六〇年九月五日、ノイヴィートの重罪裁判所にて公判の幕が開き、十五日に結審した。ケラーはヨハンの殺害を認めたものの、計画性については頑なに否定した。クリスティーネは無罪を主張した。弁護側は、彼女が患っていた持病や痙攣発作によって是非の弁別能力が減退していたと主張したが、医師団は心神喪失を認めなかった。審理の焦点はさらに、物的証拠からは判然としない一点に絞られた。十一回に及ぶ打擲はケラーひとりの手によるものか、それともクリスティーネもまた斧を振るったのか、という点である。検察側は、傷口の角度からして寝台の異なる位置から振り下ろされた形跡があると指摘した。ケラーは第三の腕が存在したことを示唆したのち言を左右にし、クリスティーネは斧に手を触れたことすら否定した。

陪審の評決は、起訴状の筋書きをそのまま是認した。クリスティーネは殺害の教唆および幇助、ケラーは謀殺の罪でそれぞれ有罪とされたのである。裁判所は九月十五日、両名に対して死刑を言い渡した。判決の言渡しを受けたのち、ケラーはカンテラと時計、現金の始末について口を開き、カンテラはライン川の濁流に沈めたと明かした。さらに恩赦の嘆願において、実際に斧を振り下ろしたのはクリスティーネ自身であったと告発に及んだが、『新ピタヴァル』の編者は、この期に及んでの申し立てを破廉恥な虚偽と断じている。

陪審は情状酌量を具申した。一八六一年十月十八日、国王の勅令により、両名の極刑は終身懲役へと減軽された。十一の傷痕のうち、クリスティーネが直接その手を下したのかどうか——その真偽は、ついに司法の手によって明かされることはなかった。

本篇は一八六二年に刊行された『新ピタヴァル』第三十二巻所収の回顧記録に拠るものであり、当時の公判原記録を直接閲覧して執筆されたものではない。

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中篇小説(ノヴェラ)

船渠の鐘

バルト海沿岸の港町。穀物輸送船が座礁炎上する直前、水門を開け放ったとして船渠番の男が捕縛される。船長は合図の鐘を聞いたと主張し、番人は一度たりとも鐘を鳴らしていないと誓う。若き女性測量士が潮汐表と荷揚人足らの証言を照らし合わせたとき、埠頭に据えられた二つの大時計の刻みが食い違っていた事実が浮上する。船の出港を阻まんと目論む者たちが犇めくなか、ひとりの男の錯誤は、果たして彼を断罪するに足る罪痕となるのか。法廷の威信を揺るがす真実を追う短編。

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長篇小説(ロマン)

三つの署名の遺言状

豪壮な富豪の急逝に伴い、貧民施療院への遺贈を取り消す遺言状が姿を現した。書面の末尾には、三つの異なる署名が連なっていた。公証人は書記の手から受け取ったと証言し、書記は着任した時点で既に蝋封されていたと主張する。紙の鑑定を託された女性製本職人は、封蝋の奥底に削り取られた旧き印章の痕跡を見出し、いずれの言分も財団の出納帳の数字と合致しないことに気づく。骨肉の争いに狂う相続人たちの間で、彼女は暴かねばならない——文字を記した手、封を施した手、そして沈黙を選び取った手の正体を。

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大河三部作(トリロジー)

三つの供述調書

直接に手を下した行為と、その背後に潜む幇助の境目をいかに分かつべきか——法が直面する根源的な疑難を描く三部作。第一部、劇場の火災で大道具係が焼死し、非常扉の閉鎖指示を巡って役者たちの証言が真っ向から対立する。第二部、出水期の大河で積荷の医薬品が忽然と消え去り、艀の船頭は荷を動かしたことは認めつつも横領を頑なに否認する。第三部、冤罪の徒を救うはずの獄中記録を破棄した廉で、公文書館の女性記録官が法廷に立たされる。物証、利害、そして宣誓の言葉が交錯する中、疑惑を安易に確証へとすり替えることなく裁きの本質に迫る歴史法廷大河。

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歴史的典拠と文学的再構成について

本稿は、ライプツィヒにて一八六二年に刊行された『新ピタヴァル(Der neue Pitaval)』第三十二巻(285–356頁)所収の回顧録「ヨーゼフ・ケラーとクリスティーネ・メーダー(殺人、エーレンブライトシュタイン、一八六〇年)」に依拠している。巻名および目次は底本の複製版と照合・確認済みである。同章は捜査の進展、法廷闘争、判決の経緯を詳述するものの、当時の審理速記録をそのまま翻刻したものではない。陪審はケラーを謀殺罪、メーダーを教唆および幇助の罪で有罪としたが、夫を死に至らしめた一撃一撃を両名のいずれが下したのかについては、記録から確定することは叶わない。一八六一年十月十八日の勅令により、両名の死刑は終身懲役へと減軽された。

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