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Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
裁判とスキャンダル · スペイン

オランへ赴くはずの旅路

出稼ぎのためと偽り、家族から路用を工面させた男、フアン・オリバは、一路マドリードへと向かった。その胸奥に秘めた真の狙いは、国王アルフォンソ十二世の狙撃であった。銃弾は逸れ、暗殺は未遂に終わる。周到なる準備の足跡、残された手記、そして法廷を揺るがした精神鑑定の是非が、彼を絞首台へと追いつめてゆく。

アルジェリアのオランへ渡り、職を求める――そう告げて、男は親族を安心させた。新たな地で身を立て直すための旅立ち情け容赦なき困窮を憐れんだ身内は、その路用を用立ててやった。だが、フアン・オリバ・モンクシが足の向くまま辿り着いた先は、遠き異国ではなく、王都マドリードであった。懐に銭を恵んでくれた者たちには露ほども打ち明けぬ、暗き決意をその胸に秘めて。狙うはただ一人、スペイン国王の命であった。

千八百七十八年十月十五日、男はマドリードの街に立っていた。アルフォンソ十二世の車駕がマヨール通りを通り過ぎるその日まで、残された刻限はわずか十日。のちに男を鉄環絞首刑(ガローテ)へと処した判決文には、その周到な準備の経緯が克明に綴られている。しかし、そこには大規模な秘密結社の影など微塵も記されていない。オリバは連邦共和派としての信念と、かつて第一インターナショナルに身を寄せた過去を認めたものの、この度の企てには何人をも引き入れてはいないと頑なに言い張った。捜査陣の手元にあったのは、一人の男と、一丁の銃、そして数枚の書きつけに過ぎない。陰謀の存在を立証するには、いまだ確たる証拠が欠けていた。

裁判官らが事実と認定したところによれば、その凶行の企図は、国王のスペイン帰還の当時にまで遡る。タラゴナにおいて、国王が御座船から上陸せんとした折、オリバは小舟を操ってすでにその背後を追っていた。また、大聖堂の拝堂において凶弾を浴びせんと窺ったこともあった。その最後の好機が潰えたのは、あまりに児戯に類する過ちゆえであった。逸る心のあまり、肝心の得物を置き忘れてきたのである。この失念が玉体を救う結果となったが、男の内に巣食う執念の病根を癒すには至らなかった。

マドリードにおいて、今度は一分の隙もなく狙撃の場を定めた。行幸の当日、男は予見される順路を丹念に歩き回り、一軒のカフェへ身を滑り込ませると、自らの凶行を予告する手記の結びを認めた。選んだのは、道幅の狭まる通りの一角であった。そこならば、警護の車列に護られながら衆目に晒される標的との間合いを、極限まで詰めることができる。道行く見物衆がよき眺めの場を争うなか、オリバただ一人は、引き金を引くための絶好の死角を求め歩いていたのである。

男は、サン・ミゲル広場とビジャ広場の狭間に佇む、通称「皇太后の薬局」の軒先に身を潜めた。職人の身なりに身をやつし、押し寄せる群衆に紛れ込んでいる限り、その異相を見分ける者は誰もいなかった。やがて近衛兵を従え、国王の馬車が近づいてくる。わずか数歩の間合いに迫った刹那、オリバは撃った。

アルフォンソ十二世の身には、弾一つかすりもしなかった。放たれた鉛の弾丸は無残に拉げ、一人の兵卒の衣文をわずかに掠めたのち、路面に転がったところを拾い上げられた。怪我を負う者すらいなかった。見物人の眼前でピストルを投げ捨てたオリバは、その場で取り押さえられた。耳を劈く銃声の出所を突き止めんと、群衆の視線が一斉に国王から外れたその瞬間、企てられた大逆は、不首尾に終わる単なる未遂事件へと成り果てた。

表層の結末は、至極明白に思われた。誰一人として命を落としてはいない。しかし、法廷が下すべき量刑において、この「仕損じ」が何を意味するのかを巡り、司法の冷厳なる審理が始まった。死者が生じなかったという一事をもってしても、犯意の存在や、完遂された実行行為そのものが消え去るわけではない。オリバの用いた凶器が真に人の命を奪うに足る威力を持っていたのか否か、そして国王が一命を留め得たのは、犯人の意思を超えた外的な僥倖によるものであったのかを、厳密に証さねばならなかった。

捜査官らは、遺棄された短銃、残余の弾丸、鉛筆書きの紙片、そして数々の証言を掻き集めた。銃工による鑑定の結果、至近距離から放たれた場合、その銃器は十分に致死性を有するとの結論が下された。弾痕を求めて通りに面した家並みの壁面も検分された。いくつかの疵が見受けられたものの、それがこの一発によるものと断定し得る痕跡は発見されなかった。路上に残された手がかりだけでは、弾道の全貌を完全には描き出せなかったのである。手に入ったのは、変形した弾丸と目撃者たちの証言のみであり、それは弾道の精確な図解を得ることとは同義ではなかった。

オリバは、みずから殺意を抱いていたことを隠さなかった。彼が言うには、アルフォンソ十二世という生身の人間を憎んだのではなく、その身が体現する「専制」そのものを憎悪したのだという。犯人自身にとっては重大至極なこの弁別も、標的とされた肉体の存在をいささかも動かすものではなかった。理念の名のもとに狙われたのは現世の君主であり、法廷が裁くのは、一人の人間に向けて引き金を引いた男に他ならなかった。

弁護側は、活路を別の地平に求めた。オリバは果たして自らの行為に責任を持ち得る精神状態にあったのか。親族が呼び出されて詰問を受け、過去に精神の病で収容された事実がないか、各地の医療施設への照会が重ねられた。裁判所の命により、弁護側と予審判事がそれぞれ二名ずつ選定した計四人の医師が鑑定に当たった。そのうち三名は、事理弁識能力を喪失せしめるような精神障害を認めなかった。残る四人目の医師も、狂気とまでは断じなかったものの、「偏執狂(モノマニー)」の疑いを留保し、確たる結論を下す前に専門機関での精査観察を経るべきであると強く求めた。

だが、この一人の異見が、被告人に利する疑念として採用されることはなかった。裁判所は、心神喪失の事実は立証されていないと退けた。事件を「大逆未遂」と断定し、周到なる謀議と、被害者の防禦を封ずる奇襲という二重の加重事由を認めたのである。十一月二十七日、マドリード控訴院は死刑判決を言い渡した。

弁護団は上告に踏み切った。彼らは判事が証拠提出のための猶予を拒み、別の保護施設に関する調査申請を却下した手続きの不備を鋭く衝いた。さらに、罪の評価と加重事由の適用についても激しく争った。旧くからの殺意というものは、犯行計画の構成要素として数えられた上に、自動的な加重事由として二重に評価されるべきではない、というのがその論告の骨子であった。弁護人らは、男の激越な情動、執念、そして危うい精神状態を幾度となく法廷に訴え出た。

十二月初旬、弁護人らには上告趣意書を整えるための猶予として、わずか五日間の日数が与えられたに過ぎなかった。弁護側はこの拙速を難じ、期限の延長を繰り返し求めたが、容れられることはなかった。業を煮やした検察官は上告の却下を求めたが、弁護側は正当な権利行使を妨げられていると猛抗議した。審理はともあれ開かれ、最高裁判所の許しを得て口頭での法理弁論が展開された。記録に連なる無機質な法条の背後で争われていたのは、実のところ「時間」そのものであった。弁護人が渇望したその時間こそは、新たな医学的知見によって判決の行方を覆し得る、残された唯一の間隙であったからである。

十二月二十七日、最高裁判所は上告理由のすべてに逐一論答を下した。これまでに与えられた猶予と為された捜査は十分であると判じられた。極刑の宣告に際しては、法律上当然に破棄請求の当否が審査されるべき筋合いのものであり、弁護側の手落ちがあったとて裁判所はその職権による審査を免れるものではない、と判旨は説いた。上訴の権利という形式的な保障は全うされた。しかし、それが原判決を覆す扉を開くことはなかった。

裁判官らにとって、事前の謀議という要素は、およそ大逆罪のすべてに不可分なものとは見做されなかった。大逆の企ては、かくも長い執着を伴わずとも着想され、実行に移され得たはずである。然るに、過去の執拗な追跡の旅、見送られた好機、そして今次選び取られた狙撃の場は、明白に謀議の存在を証明していた。射手を確実に捕縛へと追い込むはずであった群衆の壁は、同時に、国王の側から凶行の兆しを覆い隠す格好の障壁ともなっていたのである。逃亡の道が絶たれていたという事実は、被害者に対して不意打ちという優位を占めていた事実をいささかも減じるものではなかった。

こうして、弁護人らが穿とうとした逃れ道は、ことごとく塞がれた。弾丸の仕損じは犯意の放棄とは認められず、ただ一人の医師の留保は責任能力の否定へと結びつくこともなく、手続き上の瑕疵を突く抗弁も再審の端緒とはならなかった。千八百七十九年一月四日、オリバに対する死刑が執行された。

男はその旅の行き先を家族に対して偽ったが、その引き金が向かうべき結末を、法官たちの前で隠すことはなかった。残された日誌、彷徨の足跡、そしてみずからの口供のすべてが、男を断罪の網へと絡め取っていった。放たれた銃弾は王の肌着さえ貫くことはなかったが、彼がそれまでに積み重ねてきた過去の業のすべてが、過たず男自身の命骸を撃ち抜いたのである。

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この実在事件の記録をお読みいただきありがとうございます。本事件をもとに3つの小説企画(中篇・長篇・三部作)を構想しています。あなたが最も読みたい作品にぜひご投票ください。

中篇小説(ノヴェラ)

オランからの宛名

処刑された凶変人の妹のもとに、兄の足跡すらないはずの街オランから一通の手紙が届く。兄の獄死後もなお、その嘘を紡ぎ続ける何者かの影を追い、女は追憶と欺瞞の迷路へと足を踏み入れてゆく。

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長篇小説(ロマン)

第四の鑑定医

大逆犯の精神鑑定において、ただ一人即断を拒み「偏執病」の疑いを留保した若き医師。権力が司法の幕引きを急ぐなか、みずからの良心と医学の矜持を賭けて、死刑執行までのわずかな猶予のなかで男の真の精神の闇を暴かんと奔走する歴史法廷サスペンス。

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大河三部作(トリロジー)

大路の君主たち

孤独な狙撃者、二度目の凶行で重傷を負った近衛兵の遺族、そして数十年を経て封印された裁判記録の再審請求に挑む女性弁護士――十九世紀末スペインを舞台に、狙われる王権とそれに翻弄される民草の相貌を三代の視点から重厚に描き出す大河三部作。

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歴史的典拠と文学的再構成について

本篇の論拠は、スペイン政府官報(BOE)編纂の十九世紀裁判記録集成に全文収録された、千八百七十八年十二月二十七日付最高裁判所判決文に依拠している。作中の犯行準備および供述は、同判決が事実認定した内容に基づき構成した。また、一鑑定医による診断の留保と司法判断の齟齬については、現代の医学的見地による遡及的診断を排し、当時の公廷記録の記述を忠実に再現している。刑の執行日時は、ホアキン・ディアス財団所蔵の千八百七十九年刊行史料の記載と照合・確認した。劇中の対話、共犯者の存在、私的な情景等の創作的加筆は一切含まれていない。

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