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Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
裁判とスキャンダル · イングランド

封印された手稿

一六八三年十一月、アルジャーノン・シドニーは大逆罪に問われ、裁きの場に引き据えられた。ハワード卿は、シドニーが謀議に加わりスコットランドへ密使を放ったと告発し、検察側は邸宅から押収された一編の政治手稿を証拠として突きつける。証人の信憑性と手稿の真偽を激しく争うシドニーに対し、陪審が下した評決は有罪であった。

一六八三年十一月七日、法廷に立ったアルジャーノン・シドニー大佐は、まず自らの命を左右する起訴状の閲覧を求めた。しかし、裁判所が下した答えは拒絶であった。法廷の柵の前に立つ大佐の耳に、重なる罪状が告げられる。チャールズ二世の弑逆を企て、叛乱の火の手を挙げんとし、スコットランドに援軍を求め、さらには国王に委ねられた権力を民衆が奪い返し得ると書き記した、というのである。シドニーは、これらは性質を異にする別個の嫌疑であり、実物を示されぬ起訴状に対して弁明を尽くすことなど叶わぬと強く抗議した。しかし主席裁判官ジョージ・ジェフリーズは、罪状を認めるか、さもなくば法的手続き上の異議を申し立てるかの二者択一を冷然と命じる。助言を得る時間と猶予を請うた末、シドニーは「無罪」を申し立てるほかなかった。法廷は二週間後の開廷を告げた。

十一月二十一日、再び召喚されたシドニーは、書き写した法令を携え、なおも起訴状の謄本を要求した。法令上、被告にはその権利が認められていると主張するシドニーに対し、判事らは一顧だに与えなかった。弁護人の選任を求める声にも、裁判所は、判事団が討議に値すると認めた法解釈上の論点をあらかじめ提示できぬ限り、何人にも弁護士を認めぬと言い放った。こうして公判は、手続き上の激しい応酬とともに幕を開けた。自らを護るに必要な手立てをことごとく奪われていると訴えるシドニーに対し、ジェフリーズは、それらの制約こそが大逆罪の被告に適用される正当なる慣例であると押し通したのである。

検察側の立証は、叛乱の企てを語る者たちの証言から始まった。しかし、彼らの口からシドニーの名が語られようとも、直接の面識に基づく証言ばかりではなかった。ラムジーは、ウェストやグッドイナフから耳にした風聞として、モンマス公、エセックス伯、ハワード卿、シドニー大佐、ハンプデン、そしてラッセル卿らが小評議会を開いていたと証言した。スコットランドとの連絡についても他者から聞いて知ってはいたものの、詳細なやり取りとなれば自分よりもウェストのほうが通じていると認めざるを得なかった。キーリングは、同志を糾合するための文書をグッドイナフから託され、その企てに関わる者としてシドニーの名を聞いたと述べたが、大佐の顔すら知らぬと付言した。

告発の要となったのは、計画の中枢にいたとされる当事者の一人、ハワード卿の証言であった。卿の陳述によれば、先立つ計画が挫折した後のこと、一月中旬にモンマス、シドニー、そして自らの三名で少人数の評議会を結成することに合意したという。モンマスがラッセル卿とソールズベリーを、シドニーがエセックスとハンプデンをそれぞれ引き入れる手筈であった。ハワードはハンプデン邸での会合に続き、ラッセル卿邸で開かれた謀議にも列席し、イングランドの反対派とスコットランドの同調者をいかに結びつけるかを議論したと語った。正確な月日までは明言できなかったものの、その時期、居合わせた顔ぶれ、そして語られた内容の記憶は確かであると言い張った。

ハワードの言によれば、連絡役としてアーロン・スミスを推挙し、その密使の手配を引き受けたのはシドニーであったという。ハワードは、シドニーがおよそ六十ギニーの金貨を取り出し、スミスに渡す旅費だと口にするのを見たと主張した。しかし、その金が実際に手渡されたかまでは定かではない。スコットランドへの道程についても、ハワードの知識はシドニー自身の言葉に負うところが大きく、スミスがニューカッスル近郊にまで達したと後から聞かされたという。検察側はさらに、ジョン・コックラム卿やキャンベル一族、モンロー弁理使ら複数のスコットランド人が、カロライナ植民地をめぐる商談に名を借りてロンドン入りしていた事実を指摘した。陰謀が露見するや、彼らは姿を消したとされる。検察官は、彼らの到着と不穏な足取りこそが、告発の正しさを裏付ける証拠であると論告した。

検察が掲げたもう一つの柱は、書斎の机から端を発していた。六月の終わり、国王と枢密院の令状を携えたフィリップ・ロイド卿がシドニー邸の捜索に踏み込んだ。卿の言によれば、大佐が日頃執筆に用いていた部屋の机の上に、幾重もの文書が残されていたという。文書のすり替えを防ぐため、ロイドはシドニーに自らの封印を押すよう勧めたが、シドニーは頑なに拒んだ。役人は自らの手で文函を封印し、国務官房へと運び去った。公判の場において、ロイドはその書類の束から一編の政治手稿を取り出し、自ら押収した品であると証言した。

手稿の筆跡を鑑定すべく、三人の男が証言台に立った。シェパードは大佐が為替手形に裏書を記す姿を目にしたことがあった。キャリーとクックはこの手稿の執筆場面を見たわけではなく、見知っている大佐の署名や裏書と手元の書類を見比べたにすぎなかった。三者はいずれも、筆跡は大佐のものと酷似していると判断した。検察官は、民衆の権力、国王の権限に課されるべき制約、そして抵抗の権利を論じた長大な一節を朗読させた。検察にとって、この文章こそが、ハワードの語る叛乱計画に真意を与える証拠であった。これに対しシドニーは、筆跡が自らのものと証明されたわけではなく、自室の机上に紙片が存在したからとて、それがいつ書かれ、何のために綴られたものかを示す証拠にはならぬと駁撃した。

次いでシドニーは、証言の連結そのものを突き崩しにかかった。謀議への自らの関与を直接証言したのは、ハワードただ一人ではないか、と彼は訴えた。他の証言はすべて漠然とした組織の動きを語るか、又聞きを伝えているにすぎない。法が定める大逆罪の立証には、同一の反逆行為に対して二名の証人を要するはずであり、立証も覚束ぬ密議と、執筆年代も知れぬ手稿とを都合よく接ぎ合わせて、一つの陰謀の証拠を捏造することは許されぬと論じた。さらに、王の廃位に関する論述を書き記したからといって、それが王の殺害を企てたことと同義であるとする論理の飛躍を厳しく糾弾した。

弁護側は、ハワードの証言の信憑性を打ち砕くべく、複数の証人を法廷に立たせた。アングルシー卿の証言によれば、ハワードはシドニーを告発する以前、ラッセル卿の父君に対し、その令息は高潔な人物であって陰謀への関与など信じておらず、暗殺の企てなど耳にしたこともないと請け負っていたという。クレア卿もまた、ハワードがシドニーの無実を称えていたのを聞いたと述べた。フィリップ・ハワードに至っては、親族であるハワード卿自身が、当初はこの陰謀話を荒唐無稽な作り話として片付けていたと明かした。バーネット博士の言によれば、事件の発覚翌日、ハワードは両手を天に掲げ、自らは何も知らず、かかる一件は失笑に付すべき茶番であると神に誓ったという。これらの証言は、法廷で語られた告発劇と、かつてハワード自身が繰り返していた否定の言辞との著しい矛盾をまざまざと浮き彫りにした。

法務副総裁の最終弁論が果てるや、ジェフリーズが裁判所を代表して口を開いた。首席裁判官は陪審に対し、適用されるべき法規範を説き、検察の主張を総括した上で、シドニーの抗弁とハワードの信憑性に言及した。かつてハワードが否定を口にしていたからといって、その法廷証言が無効になるわけではないとジェフリーズは断じた。罪に連坐した者が、初めのうち知ることを覆い隠そうとするのは何ら不自然ではないというのである。さらに手稿について、証言に現れた叛乱の企図と表裏をなすものと位置づけた。この論理に従えば、シドニーのものとされる政治思想は、密議において目指された企図の動かぬ裏付けと化した。ジェフリーズは、告発が立証されたと信じるか否かは陪審の判断に委ねると結んだ。評決のための退廷を前に、ウィズィンズ判事は、もしキーリングの密告がなかったならば、自分たちが今こうして生きておられたかどうかは神のみぞ知ると言い添えた。陪審員たちは控室へと姿を消し、わずか半時間ほどののちに戻ると、シドニーに有罪の評決を下した。

十一月二十六日、判決言渡しのため、シドニーは再び引見された。大佐はなおも陪審員の選任手続きを不服とし、異議を申し立てる機会を求めた。しかし法廷は、異議があるならば陪審の宣誓前に申し立てるべきであったと冷たく退けた。大逆罪に科されるべき刑罰は、絞首、臓腑の抉り出し、そして四つ裂きの刑であった。シドニーは祈りをもってこれに応じた。もし罪なき者の血が復讐を呼ぶならば、その責め苦は自分を陥れた者らの頭上に下らんことを、と。国王は斬首を除くすべての残虐な刑を免除した。ボロウの記録によれば、シドニーはタワー・ヒルの処刑台へと引かれていき、露と消えた。

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中篇小説(ノヴェラ)

見返し紙の下の密書

架空の英国地方都市。製本見習いの娘が、古い学術書の表紙の裏から、発禁の不敬文書を兄が認めたと名指しする一枚の密書を見つけ出す。商売敵の印刷屋がその筆跡に目ざとく気づき、捜査の手を歪めようと暗躍するなか、密書の真の筆者を追う娘は葛藤する。この紙片を焼き捨てるべきか、それとも治安判事へ差し出すべきか。一歩違えば、無実の者を晒し台へと送り込むことになるのだ。独自の登場人物、架空の嫌疑と裁判によって描かれる短編であり、アルジャーノン・シドニーの事件や実在の出来事には一切依拠しない。

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長篇小説(ロマン)

調書の記録室

政治裁判の口述調書を清書する役目を命じられた、架空の若き書記官。記録を精査するうち、二人の証人が同じ密談の名の下に、まったく異なる会合の様子を証言している奇妙な矛盾に気づく。さらに被告の手元から押収された手稿は、どう見ても別の一時代に綴られたものと思われた。印刷所の出納を預かる書記官の妹は、紙の出所を突き止める鍵を握っていたが、詮索を続ければ自らを匿ってくれた恩人の家を破滅に追いやりかねない。記録の闇に分け入る兄妹の追跡と、沈黙の代償を描き出す長編小説。人物、裁判、手稿にいたるまで完全な創作であり、シドニーの事件記録をなぞるものではない。

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大河三部作(トリロジー)

三つの印刷機

三代にわたる印刷屋一族の興亡を、三冊の独立した長編で綴る連作史劇。第一部では、名うての匿名パンフレットが差し押さえられ、工房を守るため奔走する未亡人の苦闘を描く。第二部では、その孫が、軍を脱走した兵士らの名簿の出所をめぐる謎に巻き込まれる。第三部では、ある印刷見習いの娘が、かつて工房で使われていた台帳が、無実の者を陥れる告発状の偽造に利用されていた恐るべき事実に直面する。世代ごとに異なる主人公と事件が描かれ、一族に受け継がれた一本の古い活字用父型が三つの物語を静かに繋ぎとめる。完全な創作に基づく三部作であり、シドニーおよび史実の裁判記録とは無縁の物語である。

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歴史的典拠と文学的再構成について

全篇の底本講読範囲:source-integrale.txt、局所行 1–500、730–1040、1075–1220、1460–1570、1960–2100、3340–3670、および 4000–4075(いずれも両端を含む)。これらの行は extraits-lus.txt に保存された抄録ブロックに対応している。本範囲は、手続き上の激論、主たる証言、手稿の押収と筆跡同定、弁護側の立証、論点の要約、評決、判決言渡し、および保安官に託された所懐の冒頭部分を網羅している。章全体や原著一巻の通読に基づくものではない。ボロウの題辞には「一六八三年十一月七日罪状認否」と記され、転写記録ではシドニーの十一月二十一日における再出廷、および二十六日の判決言渡しが確認される。本抄録には斬首執行の正確な日付は記されていない。また、ボロウの記述には生年への言及も見られるが、外部資料による裏付けが得られていないため、本稿では採らない。

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