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Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
義賊と街道の無法者 · ベルギー

残された靴

赤銅の留め金が、ひとりの盗賊の正体を暴いた。靴職人の記憶からブルッヘの広場に至る道すがら、烏合の盗賊団は瓦解してゆく。やがて後世の小説が、彼らにまったく異なる相貌を与えることになろうとは、誰も知る由がなかった。

現場には、一足の靴が取り残されていた。その靴には赤銅の留め金が嵌まっており、ある靴職人が自らの手掛けた品と見破ったのである。かくして、周到な下見と警戒を重ね、徒党を組み、奪った富は遠く離れた地で分配するはずであった企ては脆くも綻びを見せた。山賊の類は往々にして森を難攻不落の城塞と錯覚しがちである。だが、もっとも平穏な生業を営む町人の記憶のほうが、ときに鬱蒼たる森林よりも確かな記録をとどめているものなのだ。

この物証が手繰り寄せた男の名は、ピーター・ヨゼフ・ド・メイエレといった。箒職人であった彼は、のちに世が「バーケラントの一味」と総称することになる集団の一員であった。裁判の記録には、彼の血縁者たちの名も連なっている。農家を襲撃して得られた金品、衣類、換金可能な雑品は、新たな仲間を惹きつけるには十分であったが、一足の履物という他愛もない細部が、法廷でかくも決定的な重みを持つことを阻むほどのものではなかった。

首領のバーケラントとその内縁の妻イザベラ・ファン・マーレは、一八〇一年の初頭に捕縛された。後に仲間の名をすべて呑み込んで伝説となるこの男は、しかし仲間の秘密を守り通しはしなかった。彼は共犯者の名を次々と白状し、その供述が逮捕の端緒となったのである。夜闇の凶行で結ばれた結束は、獄舎の冷たい壁の前にはあまりにも脆かった。

彼らの結託は、半世紀後にロマン主義小説が描くような整然とした組織などでは決してなかった。離合集散を繰り返す寄せ集めにすぎない。民家に押し入り、家人を縛り上げ、財をあさる――世人はその手口から彼らを「縛り屋」と呼んだ。ピッテムの村では、カタリナ・デスメットという女性が、手荒く縛り上げられた際の暴行がもとで命を落としている。だが、この一人の死をもって被告の全員が殺人犯と見なされたわけではない。裁判が問うたのは、一連の凶行に対するそれぞれの関与の濃淡であった。

されど、当時この地を支配していたフランス法は、一定の加重要件を伴う強盗に対して死刑を科すことを認めていた。結末を左右したのは、殺害された被害者の数のみではなかったのである。実際に縛った者、手を貸した者、単に徒党に加わっていたとされる者――法廷はその間に、生と死を分かつ峻厳な境界線を引かねばならなかった。

一八〇三年八月の公判において、弁護人らはまさにこの境界の曖昧さを衝いた。弁護士ルイ・ジョレは、共犯の態様を具体的に特定せぬまま有罪とした陪審の答申を不服とし、クリストフ・イジドール・ジュリアンは、適用された法令は正犯のみを対象とするものだと主張した。これに対し検察官は、条文の射程はより広い概念である「有責者」に及ぶと反論した。裁判所はこの検察側の解釈を容認し、破毀院もまた判決を支持して上告を棄却したのである。

八月二十日、二十四名の被告に死刑が言い渡された。十一月二日、執行吏ヴァンデルムーレンの手により、彼らは処刑人に引き渡された。刑の執行後、遺体を引き取る者はいないかと問う声が響いたが、進み出る者は誰一人としていなかった。命を救うにはあまりに遅すぎたその最後の呼びかけは、広場を埋め尽くした群衆から、処刑された者たちを永遠に切り離す儀礼にほかならなかった。

当時の『ブルッヘ官報』は、この日の光景を異様な迫力をもって今に伝えている。紙面には処刑された者の名が整然と印刷されている。筆頭にバーケラント、続いてシンペラーレ、ビュスカールト一族、クルート、ダニール、フェルプランケ、さらにはド・メイエル、コルベール、ヴォルメゼーレ、そしてその他の者たち。その紙面を埋める活字の列は、無名の群集の影法師などではない。同じ断頭台の露と消えた二十四の生身の個性を、公認記録の冷徹さをもって刻みつけている。その中には、バルバラ・テレジア・ブリュニール、イザベラ・ファン・マーレ、フランチェスカ・アメイという三人の女の名もあった。

午後一時四十五分。新聞は、司祭たちの立会い、受刑者たちの悔悛の情、近郷近在から押し寄せた群衆の熱狂を淡々と記す。広場に面した家々も路地も、人で溢れかえっていた。窓という窓は絶好の見物席と化し、近隣の住民は、遠方からの旅人がわざわざ足を運んで求めた光景を特権的に見下ろしていた。どれほど膨大な群衆が取り囲もうとも、紙面に名を晒された者たちの深い孤独が癒やされることはなかった。

同じ記録の中に、さらに三人の女の名が見える。彼女らは刃の下に送られることは免れた。十六年の拘禁刑を言い渡され、広場の晒し台で六時間の恥辱に耐える判決を受けた者たちである。紙の上での差異はわずか数行にすぎないが、そこには十六年という途方もない歳月の生が横たわっていた。夥しい死の告知に目を奪われた読者なら、無造作に彼女らを死刑の列に数え入れてしまうかもしれない。だが官報は、その量刑を峻厳に書き分けている。一行一行の文が、冷徹な職務を遂行してゆく――ある者には紙の上の斬首を、ある者には長き獄中生活を宣告しながら。

そして、新聞は何事もなかったかのように紙面を進める。

相場の動向が報じられ、劇場の案内が続く。翌日は『エフロジーヌとコラダン、あるいは愛によって改心した暴君』、ならびに『奥様女中』が上演されるという。歓楽を告げる言葉が、断頭台の記録のすぐあとに何のわだかまりもなく続いている。印刷工にとって、住む世界を切り替える必要など毛頭なかったのだ。一枚の紙面が、その両方を呑み込んで余りある。ブルッヘの街において、共和暦は翌日を「霧月十一日」と呼び、劇場の貼紙はその日に甘美な音楽を約束していた。

しかしながら、記憶の中からあの二十四の名を完全に消し去るには、一枚の芝居の貼紙以上のものが必要であった。遥かのちの時代、小説家ヴィクトル・ハイスが、虚構の翼を広げてその役目を引き受けることになる。彼の筆にかかると、暗い森はひとつの王国へと変貌し、無頼の徒は暖炉の傍らで語り継ぐにふさわしい秩序ある英雄譚の体裁を整えられた。ハイスの描くバーケラントは、盗賊の首領ですら膝を屈せざるを得ない崇高な出来事を前に、襲撃を思いとどまることのできる高潔な男として造形されたのである。

その小説版において、一味はある農家へと忍び寄る。斥候が周囲の気配を窺い、邪魔立てしそうな下男を亡き者にしようと策を巡らせる。彼らは屋敷へ侵入し、身を潜め、首領のもとへ報告に戻る。奇襲を受けた農家の運命は決したかに見えた――破られる扉、屈服させられる家人、略奪される財宝。だがそのとき、窓の向こうで、彼らの予期せぬもうひとつの情景が繰り広げられていた。

その家の若者が、いまや息を引き取ろうとしていたのである。司祭が臨終の典礼を執り行い、家族が祈りを込めて寝台を取り囲んでいる。盗賊たちが見守るなか、厳かな秘蹟が静かに進んでゆく。夜の闇を暴力で支配しに来た彼らは、そこにある、より深淵な死の闇と対峙することとなった。ハイスの物語において、死神の訪れは計画された凶行に先んじる。首領は襲撃の中止を命じた。目撃した光景の神聖さに一瞬にして気圧され、凶器を収めた一味は夜陰へと静かに去ってゆく。

この見事な情景は、あくまで書物の中にのみ存在する。それはカタリナ・デスメットの無念の死を帳消しにするものではなく、法廷に引き出された男たちの無実を証し立てるものでもない。だがそれは、裁判の冷酷な目録からはもはや読み取ることのできない「人間としての選択の余地」を、ただ一つの場面によって盗賊に返還してみせる伝説の力学を雄弁に物語っている。読者は窓越しに息を潜め、凶刃を恐れ、そして不意に訪れた猶予の瞬間に胸をなでおろす。虚構という名の精緻な装置が、かつてブルッヘの広場に据えられたあの処刑機械には決して成し得なかったこと――すなわち「停止すること」を成し遂げたのだ。

いまも『官報』は、小説の傍らにひっそりと佇んでいる。片方の紙背には二十四の名が刻まれ、もう片方の書物の中には見逃された一軒の農家が息づいている。そして、この事件が後世の想像力へと残した無数の遺物のなかで、あの赤銅の留め金の靴だけは、今なお小さな頑なさをもって真実を告げ続けている。伝説の首領が作られる以前に、そこには生身の人間がおり、その姿をはっきりと見覚え、証言することのできる他者が存在していたのだ、と。

この歴史事件から新たな小説が生まれます

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この実在事件の記録をお読みいただきありがとうございます。本事件をもとに3つの小説企画(中篇・長篇・三部作)を構想しています。あなたが最も読みたい作品にぜひご投票ください。

中篇小説(ノヴェラ)

赤銅の留め金

一人の靴職人が、自ら仕立てた見覚えのある靴の留め金に目を留める。だが、その客を告発すれば、弟子として手元に置く実の弟までもが連座の罪に巻き込まれる恐れがあった。職人の良心と血肉の情がせめぎ合う緊迫の中編。

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長篇小説(ロマン)

見逃された家

一人の小説家が、義賊伝説として美化された「農家を見逃した首領」の美談の真相を追う。取材の果てに行き着いたのは、小説の爆発的な成功によって歴史の闇へと完全に葬り去られた、ある犠牲者の痛切な記憶であった。

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大河三部作(トリロジー)

森、広場、書物

一味の結成から冷酷な裁判、そして次世代による伝説の捏造までを描く三部作構想。第一部「森」では追われる共犯者の視点から、第二部「広場」では断頭台を見つめる書記官の記録から、第三部「書物」では民衆の英雄へと仕立て直す文士の企てから、歴史の変容と責任の行方を浮き彫りにする。

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歴史的典拠と文学的再構成について

本記録は、歴史上の裁判記録と、ヴィクトル・ハイスの小説に明確に由来する場面とを厳格に区別して叙述している。共和暦十二年霧月十日付の『ブルッヘ官報』は処刑当日の生々しい同時代資料であり、当時の宗教的語彙を色濃く残している。リンダ・マルフェ、A・ヴィアン、ならびにヨス・モンバリューの研究は、それぞれ登場人物の実像、集団の形成過程、法廷闘争の論点を明らかにする上で貴重な知見を提供している。ハイスの創作は犯罪の真実を立証するものではない。なお、実在しない対話や目撃者の捏造は一切行われていない。

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