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Maison BeaulieuMAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · フランス料理と欧州歴史記録の出版館
裁判とスキャンダル · フランス

パリ市債の偽印――消えた台帳と幻の黒幕

一八七五年八月、パリ。ジュールとガブリエルのラギュテール兄弟、ならびにその共犯とされるテナデが法廷に引き据えられた。罪状は、一八六九年市公債の払込証印の偽造。パリ、ジュネーヴ、リヨンを巡る債券の行方を追う検察に対し、ガブリエルは偽造への関与を一部認めるものの、すべての企ては「ドルモワ」なる首謀者の差配であったと主張し、他の二人は無実の善意を申し立てた。陪審は三名全員を有罪と断じたが、下された量刑には明らかな懸隔があった。

領収印のひと押しが、未払いの期日を済証へと塗り替える――。パリ市が発行した公債の券面において、精巧な偽印と偽署名は、未払込の不完全な紙片を一見して全額払込済みの確実な有価証券へと化せしめた。一八七五年八月十三日、この大規模な詐欺の廉で三人の男が裁きの場に立った。ガブリエル・ラギュテールは、自ら印章を彫らせ、偽の署名とともにそれを捺印した事実は認めたものの、その企てはすべて「ドルモワ」なる真の首謀者の指図によるものだと証言した。これに対し検察側は、「ドルモワ」とはガブリエル自身が債券を売り捌く折に名乗っていた偽名にほかならないと主張した。

一八六九年四月十八日の法律に基づき、パリ市は一口四百フランで償還される公債七十五万三千六百二十三本の発行を許可された。応募者は定められた期日ごとに、総額三百四十五フランを分割して払い込む手筈となっていた。仮証券には各払込期日が記され、納付の証憑たる印章を押印し、受領した係吏の署名を添えるための専用欄が設けられていた。仮証券と本証券の引き換えを厳密に管理すべく、市庁の各部署では元帳が整然とつけられていたはずであった。しかし起訴状が想起させるように、一八七一年五月、パリ・コミューンの動乱に伴う市庁舎の火災によって、この管理台帳は灰燼に帰した。帳簿の消失を奇貨とした不逞の徒が、未払込の債券に偽りの証印を捺し、あたかも全額払込済みであるかのごとく装って市場に放ったのである。

起訴状によれば、ガブリエル・ラギュテールは一連の取引により二十四万ないし二十五万フランの利益を得たことを認めていたが、彼自身の弁では、実際の利得はそれにとどまらなかったという。司法の手によって押収された最初の債券から、捜査線上にレイモン・フィリオン、そしてフェショなる仲介人の名が浮かび上がった。一八七一年十月、フィリオンはジュール・ラギュテールに対し、市公債の手配を依頼した。ジュールは弟のガブリエルを伴ってフェショの許を訪れ、弟を「ドルモワ」と名乗らせて引き合わせた。ガブリエルは英国から渡航したばかりであり、手持ちの債券を急ぎ現金化したいのだと告げた。フェショの手元には五百フランの前渡金しか工面できなかったため、ジュールは彼をフィリオンの許へ案内し、フィリオンがその債券を買い取った。

このからくりは幾度となく繰り返された。起訴状の記述によれば、一連の取引を通じてフェショの手を経由した偽造債券は約千本に及んだという。ガブリエルは「ドルモワ」の名でこれらを売り捌き、自筆の受領証をフェショに手渡していた。後にフェショ夫妻は、かつてジュールから紹介された人物が他ならぬガブリエルであったと証言台で名指しした。ガブリエルは、フェショに売却した債券に偽の証印と署名を施し、領収書にドルモワの名を署名した事実は認めたものの、ドルモワとは自分とは別の実在する男であり、犯行の真の教唆者であるとの主張を崩さなかった。一方のジュールは、弟をそのような偽名で紹介した事実など絶えてないと否認した。

一八七三年五月、警察はジュールが文書偽造に荷担しているとの嫌疑を深めた。マセ警視はジュールを呼び出し、逮捕を盾に厳しく追及した。ジュールは、真犯人たるドルモワの行方を自ら突き止めてみせると約し、辛うじて身柄の拘束を免れた。だが五月二十四日、男は煙のように姿を消し、ジュネーヴへと逃亡した。その三日後にはガブリエルも合流した。兄弟はかの地にあって、パリで進められていた予審の推移を窺っていた。当時、捜査官らはガブリエルが詐欺において果たした役割をいまだ解明できていなかったのである。一八七三年七月十二日に下された不起訴処分(証拠不十分による放免)により、端緒となった最初の追及は幕を閉じた。しかしこの決定は、後に露見する新たな犯行事実までをも免責するものではなかった。

翌年、問題の債券は再び複数の所持人の手を経て市場に姿を現した。裁判記録によれば、舞台はふたたびジュネーヴへと移る。ガブリエルはかの地でセーヌ県庁の公印を精巧に模造させ、ジュールが持ち込んだ債券に次々と捺印していった。ガブリエルと同宿していた実務周旋人のテナデは、スイスおよびフランス国内において、それら債券の捌き役を引き受けた。検察側の見立てでは、その役割分担は完璧に噛み合っていた。ジュールが未払込の原券を調達し、ガブリエルが払込済みを偽装する印章を捺し、そしてテナデが買い手を見つけて売り捌く、という構図である。

銀行家ファーヴルは、最初の二回分(計百四十五フラン)の納付証印が押された債券二十五本を受け取った。しかし同氏は千フランの前貸しにしか応じなかった。債券がリヨン信託銀行へ回付されるや、係員が偽造された払込記載を見破り、司法当局へ通報した。ファーヴルはジュネーヴにおいてガブリエルとテナデを相手取って告訴に踏み切り、両名は拘束された。だが二人は銀行家に損失を補填して示談に持ち込み、告訴を取り下げさせたため、予審部は不起訴の決定を下した。もっとも、フランス検察はこの釈放によって彼らの結託が解消されたとは見なさなかった。ファーヴルや他の金融業者を通じて処分された別の債券十八本が、後にパリのリヨン信託銀行、ヴィッツェル商会、そして公認仲買人ローランの許で次々と差し押さえられたからである。

一八七四年七月、テナデはパリにいるトリピエなる人物へ七本の債券を送付した。それらに支払差止の申し立てがなされていないか、全額払込の本証券への引き換えが可能か、そして市庁がこれを受理するかどうか、見極めを依頼したのである。県庁の窓口において、納付の証印が偽造であることが即座に見抜かれた。トリピエから警告を受けたテナデは、ガブリエルからの伝達事項を添えて返答した。検察当局はこれを、両名が気脈を通じて債券の偽造と流通に手を染めていた動かぬ証左とみなした。一八七五年一月十三日、テナデはリヨンで逮捕された。その懐中には、四本の偽造債券が隠し持たれていた。

テナデは一貫して自らの無辜を訴えた。ガブリエルの企図など露知らず、善意で動いていたにすぎないと言い張ったのである。これに対し検察側は、二人の親密な間柄、起居を共にした同居生活、そしてその部屋の中に偽印やガブリエルの手を加えた債券が転がっていた事実を突きつけて追及した。一方のジュールもまた、自らが仲介した債券に手を下したのは弟ガブリエル一人であると弁立てした。スイスへの渡航、弟との密会、偽造債券の所持そのものは認めたものの、それらはすべて一八七三年に約束した「謎の男ドルモワ」の行方を追うための行動であったと強弁した。記録によれば、この弁解はマセ警視に宛てた書簡の中で綿々と綴られていたという。

事件はこうして、振り出しの謎へと立ち返る。ドルモワとは独立した共犯者であったのか、それともガブリエルが債券を売り捌き金員を受け取るために纏った仮面にすぎなかったのか。フェショ夫妻はガブリエルの面貌を証言し、受領証の筆跡は彼のものと一致し、筆跡鑑定は最初の押収証券に記された署名をガブリエルの筆跡と鑑定した。その後に流通した債券についても、検察はスイスでの密談、ジュネーヴで彫らせた偽印、銀行家への執拗な持ち込み、そしてテナデの身柄から発見された四本の証券を証拠として突きつけた。ガブリエルは押収された証券のうち、最初の九十二本を除いて偽造への関与を認めた。起訴状はさらに、筆跡鑑定官の所見として、その九十二本に添えられた署名もまた彼の筆跡に帰せられると付言している。それでも彼は「もう一人のドルモワ」の存在を口にし続けた。本記録には弁護人の最終弁論や各人の詳細な主張までは収録されておらず、ただ検察官が論告を行い、三人の弁護人が各被告を個別に弁護した事実のみを伝えている。

陪審員団は、実に千九百四十項目に及ぶ諮問に答申を出した。その結論は、三被告全員を有罪とするものであった。情状酌量が認められたのはテナデ唯ひとりにとどまった。裁判所はジュールとガブリエルのラギュテール兄弟に対し、それぞれ重労働懲役十年の判決を言い渡した。テナデに下されたのは禁錮三年の刑であった。宣告された刑名と期間の差異は犯行への関与の度合いを反映していたが、三名がいずれも罪責を免れ得ないという司法の判断を覆すものではなかった。

そもそも最初の債券群が市場をやすやすと巡ることができたのは、紙面に納付の証憑たる印を刻むための四角い枠が設けられていたからにほかならない。市庁の台帳が灰燼に帰したとき、その空隙を衝いて印章は模造され、債券は人から人へと渡っていった。捜査官らが辿らねばならなかったのは、金銭の確かな流れではなく、売り手と買い手の連鎖、領収証、逃避行、そして偽りの署名が織りなす迷宮であった。事件の全容を解く鍵として語られた「ドルモワ」という名は、ガブリエルが己の正体を隠し、法の裁きから逃れようとあがいた虚妄の影でもあったのである。

史料覚書:一八七五年八月十五日付『司法新聞』(Gazette des Tribunaux)第七八六頁、八月十三日セーヌ重罪裁判所公判記録。標準化されたOCR翻刻は起訴状の要旨および判決の簡潔な概要を採録したものであり、公訴事実および証拠の数々は当時の法廷手続きの記述に準拠している。本号には全公判の詳報や弁護人の弁論録は含まれていない。なお、印刷された起訴状には犯行の終期として「一八六九年四月三十日」との日付が記されているが、これは一八七一年十月に始まる犯行の端緒と論理的に相容れない。本稿では推測による日付の訂正を行わず、原文の齟齬をそのまま留めた。また、一八七三年七月のパリにおける最初の不起訴処分、および告訴取り下げに伴うジュネーヴでの不起訴決定は、一八七五年の有罪判決とは厳格に区別されるべきものである。

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中篇小説(ノヴェラ)

公証人の印影

架空の山あいの町で旅籠の主人が急死し、同じ印章が捺されながら筆跡の異なる二通の遺言状が見つかる。製本工房に勤める姪は、用紙の風合いから兄が働く工房のものと直感するが、兄に嫌疑がかかるのを恐れて口を閉ざす。隠居した老書記官が、提出日時の記録、インクの成分、証人らの足取りを丹念に辿り始める。やがて、ある相続人が都合の悪い借財を帳消しにするため紙片を差し替えたこと、そして兄はただ頼まれて装丁を修繕したにすぎない真相が暴かれる。歴史上の事件や実在の人物を借りず、信頼の脆さと偽造の本質に迫る単発の短編小説。

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長篇小説(ロマン)

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大河三部作(トリロジー)

紙の証跡

異なる時代と舞台で、公的な証印や記録の偽造に直面する捜査官たちの軌跡を描く三部作。第一部では、港湾の海図係が、不審に位置をずらされた航路標識によって難破の危険が迫る暗礁へと船が誘導されている陰謀を暴く。第二部では、巡回看護婦が、偽造された通行証を用いて診療所から貴重な薬品が組織的に横領されている実態に気づく。第三部では、地方の古文書記録官が、失踪した孤児の出自を抹殺するために養子縁組台帳が何者かの手で書き改められていた事実を発見する。それぞれ独立した主人公と事件の決着を備え、ラギュテール事件を直接題材とはせず、「信頼された印章」がいかにして富、危険、そして人間の運命を狂わせていくかを重厚に探る連作長編。

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歴史的典拠と文学的再構成について

一八七五年八月十五日付『司法新聞』(Gazette des Tribunaux)第七八六頁、八月十三日セーヌ重罪裁判所公判記録。標準化されたOCR翻刻は起訴状および判決の簡潔な要約を採録したものであり、公訴事実や証拠類は当時の訴訟手続きに基づく記録である。本号には全公判記録や弁論の全貌は収録されていない。なお、印刷された起訴状には犯行の終期として「一八六九年四月三十日」と記載されているが、これは一八七一年十月の犯行開始と明らかに矛盾する。この齟齬については憶測による改訂を避け、原文の記録を注記するにとどめた。また、ジュネーヴで製造された印章の日付に関する一部のOCR判読不能箇所は採用していない。

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