事の起こりは極めて些細である。さればこそ、その意味は甚だ大きい。
ヨンヌ県刑事裁判所において、ユーゴという男が合鍵を用いた窃盗の罪で告発された。陪審の下した評決は明確であった――あったのは未遂のみであり、既遂には至っていない、と。にもかかわらず裁判所は、合鍵による窃盗を処罰する刑法条文を盾に取り、彼に八年の徒刑を言い渡したのである。
ユーゴは破棄申立てに及んだ。当時の『官報』が伝えるその申立書は、まさに理非曲直を衝いた名文というべき論証であった。
法が定めているのは既遂の罪である、と男は論じた。しかるに自分は、罪を犯そうとする意図があったと目されただけで罰せられようとしている。法はこの点について沈黙を守っている。それが法の遺漏であるというなら、認めてもよい。社会の安寧のため、刑法のその欠缺を補うべきだという議にも異存はない。だが、それを埋めるのは果たして裁判官の務めであろうか。彼らは立法者なのか。人権宣言に掲げられたあの不可侵の神聖なる法諺――「何人も、犯行以前に制定・公布され、かつ適法に適用された法律によらざれば処罰されない」――を、裁判官の手で抹消することが許されるというのか。
さらに男の論鋒は研ぎ澄まされる。法の沈黙は、そもそも遺漏などではあるまい。現に刑法典は謀殺の未遂を罰し、毒殺の未遂を罰している。立法者が窃盗の未遂を同じように処罰の対象としなかったとすれば、そこには相応の思し召しがあったはずである。自分の為したことなど、せいぜい市町村の違警罪――夜間の騒擾に類するものにすぎないではないか、と。
破棄裁判所は男の言い分を認めた。一七九三年四月十三日の判決において、ヨンヌ県裁判所が既遂の窃盗のみを対象とする法条をただの未遂に適用した過ちを認め、原判決を破棄したのである。事件はロワレ県刑事裁判所へと差し戻された。
時あたかも一七九三年の春。かの革命裁判所が産声を上げたばかりのころで、やがてパリではカフェの立ち話一つで断頭台へ送られる狂乱の世が訪れようとしていた。まさにその同じ『官報』の紙面において、恐怖政治がやがて踏みにじることとなる法の大原則によって、ヨンヌの一泥棒が八年の徒刑を免れていたという事実は、胸を打たずにはいられない。
Gazette des nouveaux tribunaux, 1793, Tribunal de cassation, jugement du 13 avril 1793 (affaire Hugot, tribunal criminel de l'Yonne).
