MAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · CUISINE & LETTRES実の兄弟ではなく義兄弟であったマルセイユの男たち三人。彼らがパレ・ロワイヤルの回廊へ持ち込んだのは、当時の都人が知る由もなかった干鱈、大蒜、そして黄金のオリーブ油であった。彼らの厨房を経て、鱈のブランダードとブイヤベースはパリの正統なる大菜の譜へと組み入れられた。プロヴァンスは世界を魅了するより前に、まずこの傲慢な帝都を平伏させたのである。
総裁政府の木枯らし吹きすさぶ回廊の夜、マルセイユより来たりし三人の義兄弟は、立ち上るブランダードの湯気ひとつで、傲慢なる都人の鼻梁を平伏せしめた。
1797年1月のその夜、セーヌ河から這い上がった粘りつく霧が、パレ・ロワイヤルの回廊をしめやかな経帷子のように包み込んでいた。容赦なき寒波に震え上がるパリの街で、三枚襟のマントに身をすぼめた遊歩場の伊達男たちは、木枯らしを逃れて木造アーケードの奥処へと逃げ惑っていた。だが、ボージョレ回廊88番地に限っては、窓ガラスが温もりのある黄金色の蒸気で不敵に曇り、内なる熱気を外へ漏らしていた。マルセイユから都へ上ってまだ幾節気も経ぬ三人の田舎者――バルテルミー、マネイユ、そしてシモン――が、この地に美食の陣を構えていたのである。世間は呼びやすさから彼らを「三兄弟」ともてはやしたが、実のところは義兄弟にすぎず、結びつきの強さは血ではなく、鍋を前に交わした誓いと、故郷の土壌への偏執的な愛によるものであった。
当時の洒落者ミュスカダンや旧体制の残滓を引きずる好事家らにとって、彼らの試みは冒涜に等しかった。それまでのフランス高等料理といえば、ノルマンディーの甘美な無塩バター、イジニーの濃厚な生クリーム、そして王侯の鍋底でじっくり煮詰められた小麦粉のルーを信奉して疑わなかったからである。フランスの味覚の至聖所に大蒜を招き入れるなど、王殺しの徒による悪辣な神涜であり、宮廷へ迷い込んだプロヴァンスの水夫が垂らす粗野な毒気にほかならないと見なされていた。しかしその夜、いまだ見ぬ至高の逸品が供されるという噂が、回廊の吊り提灯の下で密やかに膨れ上がっていた。聞けば「トロワ・フレール」では、精進日の卑しい糧食にすぎなかった塩漬けの干鱈が、倦怠に沈む外交官を覚醒させ、冷徹な革命家をも懐柔するほどの官能的な妙薬へと姿を変えたというのだ。
階下に広がる竈の奥底は、あたかも錬金術師の鍛冶場のごとき熱気に満ちていた。赤々と熾る炭火の前で采配を振るのはマネイユである。汗で肌に張り付いたシャツの袖をまくり上げ、筋肉質な腕を巨大な施釉陶器の鉢へと据えつけている。周囲では、バルテルミーの鋭い号令に応えて重厚な銅鍋が激しく鳴り響く。炉の前では、流水に丸三日さらして完全に塩気を抜いた干鱈が、決して沸騰させて繊維を崩さぬよう、微かな揺らぎを保つ湯の中で絶妙に煮含められていた。湯を切り、火傷しそうな熱さのなか、指先で一片一片丁寧にほぐされた鱈の身は、いまや戴冠の時を待っていた。
かくしてブランダードの奇跡が幕を開ける。蒸気で赤ら顔になったシモンが、アルピーユ山脈の段々畑で冷涼圧搾されたプロヴァンスの一番搾りオリーブ油を、細く途切れぬ一本の糸のように注ぎ落とす。月桂樹の葉のごとく鮮烈な翠緑の滴である。マネイユはオリーブの木で作られた太い擂粉木を握りしめた。円を描くその動きは雄大にして猛烈を極め、真珠色を帯びた鱈の身を打ち据えながら、太陽の滴と、穏やかな大蒜の香りを移した熱乳とを、一滴、また一滴と抱き込ませてゆく。擂粉木の手をほんの一瞬でも緩めれば乳化は破綻し、至宝は卑俗な濁り汁へと堕落してしまう。塩気を含んだ身は抗うのをやめ、ほぐれ、植物の黄金を吸い尽くして、やがて雪のごとく純白で滑らかな、雪花石膏を思わせる極上のクリームへと昇華していった。熱い油と野性の香草が放つ芳香は、パリの厳冬への不敵な挑戦状として、階段を伝い上の広間へと立ち上っていった。
二階の格式あるサロンでは、羽目板の壁に嵌め込まれた鏡が三十本の純白蝋燭の光を乱反射させ、そこに集う雑多な客たちが固唾を呑んで待っていた。新興の成金投機家、いまなお粉白粉を叩いたかつらを載せる護憲元老院の議員ふたり、そして食卓を睥睨するのは、かの恐るべき味覚の専制君主、グリモ・ド・ラ・レニエールその人であった。グリモは冷ややかな唇を結び、白ダマスク織のテーブルクロスの上に異端審問官のごとき厳格な視線を注いでいた。南仏の真髄を見せてくれると豪語されて参じたものの、港町の安居酒屋の粗野を押しつけられるのではないかと、内心では疑ってかかっていたのである。
銀の大皿を掲げ、磨き抜かれたクロッシュを被せた給仕頭が音もなく入室した瞬間、広間を厳粛な静寂が支配した。蓋が外される。むせ返るほどに濃厚でありながら、王者の品格を湛えた芳香の波が、列席者の胸元を直撃した。鼻孔を突いたのは、生大蒜のあの刺すような粗暴さでは断じてない。それはベルベットのようになめらかで、ほとんど花を思わせる優雅な愛撫であり、オリーブの持つ果実のほろ苦さが、海の記憶たる塩味を優しく包み込んでいた。グリモは銀の匙を、まだ温もりを宿すブランダードへと沈めた。匙先はわずかな抵抗を覚えたのち、雲を割くように吸い込まれてゆく。口に運ばれた乳濁のペーストは刹那に溶け崩れ、荒涼たる低木林の逞しい力強さと、海が育んだ深い滋味との、前代未聞の調和で口内を満たした。峻厳を極めた批評家の眼が驚きに瞠かれ、石膏のように冷たかったその面差しに、まるで子供のような歓喜の笑みがこぼれ落ちた。
「諸君」グリモは打ち震える声でカシスの白ワインを掲げた。「プロヴァンスは一発の銃声すら鳴らさずしてパリを陥落させた。そして我らは、歓喜してその軍門に降った捕虜なのだ!」一座から歓声が爆発した。石灰岩のミネラルを湛えた冷涼で鋭角的な海辺の白ワインが、鱈と大蒜の濃厚な重厚感を、外科医のメスのような鮮やかさで断ち切ってゆく。炭火で炙り、黄金の油を擦り込んだ田舎パンの追加が次々と叫ばれた。続いて供されたタプナードを添えた小ヒメジに酔いしれ、立ち上るサフランの香気が皿を皇帝の紫に染め上げる熱々のブイヤベースに、人々は感嘆の声を漏らし続けた。それはもはや単なる夕餉ではなく、ひとつの啓示であった。美食の真髄とは北の寒々しい塩漬け小屋からではなく、蝉時雨の降り注ぐ乾いた丘陵から生まれるのだと、パリは知ったのである。
パレ・ロワイヤルの大時計が夜半の零時を告げた。階下の厨房では炭火の残り火が静かに爆ぜ、静寂を取り戻したなかで、バルテルミー、マネイユ、シモンの三人が、油を浸したパンの端切れを分け合いながら銅鍋を磨いていた。半開きになった扉の隙間から、客たちが漏らす惜しみない賛辞のさざめきが階段を滑り落ちてくる。明くる日には、都中の美食家がこの陶器鉢に閉じ込められた太陽の一片を求めて殺到するに違いない。「レ・トロワ・フレール・プロヴァンソー」は、フィリップ・エガリテの回廊に単なる料理店を開いたのではなかった。彼らはフランスの味覚に南の翼を授け、大蒜とオリーブの揺るぎなき香気を、帝都パリの永遠の栄光の破風へと深く刻みつけたのである。