
L'Almanach des Gourmands (1803)
Grimod de La Reynière
La naissance de la littérature gastronomique
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MAISON BEAULIEUAB ÉDITIONS · CUISINE & LETTRESジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランは、1755年春、ローヌ川がジュラ山脈の裾野を縫う古都ベリー(Belley)の旧家に生を享けた。父祖代々の法曹貴族であり、法律と学問の厳格な気風が家風を律していたが、同時にこの地はブレスの肥沃な平野を背後に控え、滋味豊かな地鶏や川魚、良質なワインが豊かに息づく土地柄でもあった。母クローディヌ・オロールは名高き美食家として知られ、若きジャン・アンテルムの繊細な味覚の礎は、まさにこの慈愛に満ちた家庭の炉辺で涵養されたのである。
ディジョン大学にて法学と化学を修めた彼は、やがて故郷の裁判所付弁護士として世に出た。冷徹な法理の修練を積む一方で、彼は自然科学、医学、古代古典文学の素養を貪欲に吸収していく。後に大伯母の遺産を継承する際、「サヴァラン」の姓を併称することを条件とされたため、歴史に不滅の足跡を刻む複合姓「ブリア=サヴァラン」がここに成立した。若き日の彼は、端正な風貌と該博な知識、そして卓越したヴァイオリンの腕前を持つ、典型的な啓蒙主義時代の知識人であった。
1789年、フランス革命の怒濤が国を揺るがすと、ブリア=サヴァランは郷里ベリーの代表として憲法制定国民議会に選出され、パリの政界へと身を投じた。しかし、彼の抱く穏健な自由主義は、やがて台頭したジャコバン派の過激な恐怖政治と相容れず、1793年、死刑宣告の影が彼の上に垂れ込める。故郷の市長職を務めていた彼は、辛くも逮捕の手を逃れ、スイスのローザンヌへと亡命を余儀なくされた。
亡命の旅は彼を大西洋の彼方、誕生したばかりのアメリカ合衆国へと導いた。ニューヨーク、フィラデルフィア、ボストンを転々とする流浪の三年路。名門の法官であった男は、劇場オーケストラの首席ヴァイオリニストとして生計を立て、裕福な市民にフランス語を講じた。コネチカットの森で体験した野生七面鳥の狩猟や、亡命貴族たちと囲んだ粗末ながらも機知に富んだ食卓の記憶は、彼の精神を研ぎ澄まし、「いかなる逆境にあっても、良き食事と良き会話は魂の自由を守り抜く」という至高の確信を彼に植え付けたのである。
総裁政府期の1796年に帰国を果たしたブリア=サヴァランは、やがて最高司法機関である破毀院の判事に親任され、終生その要職を全うした。パリの法服に身を包んだ彼の法廷での態度は極めて公正、厳格そのものであったが、その執務机の引き出しには常に、法学書と並んで美食に関する瞑想録の草稿や、親しい友人たちに振る舞う宴席の献立覚書が忍ばされていたという。
独身を貫いた彼の私邸は、豪奢を誇る成金趣味とは一線を画した、真の風流人たちが集うサロンであった。彼が自ら台所に立ち、温度を厳密に見極めて焼き上げたジビエや、秘蔵のワインが惜しみなく供された。食卓を単なる肉体の充填ではなく、知性と情緒の高度な交感の場へと昇華させること——それが彼の矜持であり、彼が終生貫いた「生きる技術」の核心であった。
世を去る数か月前、1825年12月、ブリア=サヴァランは二十余年の歳月をかけて書き継いできた原稿を、匿名にて上梓した。表題は『味覚の生理学、あるいは超越的味覚の瞑想録』(Physiologie du goût, ou Méditations de gastronomie transcendante)。当時、調理法の指南書にすぎなかった料理本の世界に、化学、医学、歴史、哲学を融合させた比類なき文学作品が誕生した瞬間であった。
「君が何を食べているか言ってみたまえ。君がどのような人間であるかを当ててみせよう」というあまりにも名高い金言をはじめ、肥満論、味覚の構造、睡眠と夢想、断食の効用、そしてチーズ論に至るまで、その筆致は軽妙にして典雅、該博にして警抜を極めた。彼は味覚を精神の鏡として捉え、快楽を享受する人間の知性を全肯定したのである。著書は瞬く間に社交界の絶賛を浴び、当代随一の文豪バルザックをして脱帽せしめた。
自著の熱狂的な成功の余韻が冷めやらぬ1826年2月2日、ブリア=サヴァランはサン・ドニ大聖堂で行われたルイ16世追悼ミサで罹患した肺炎をこじらせ、70年の生涯を閉じた。遺骸はパリのペール・ラシェーズ墓地に手厚く葬られたが、彼の魂はガストロノミーという新たな学問の礎となって生き続けた。
後世、高名な菓子職人ジュリアン兄弟は、彼への深甚なる敬意を込め、ラム酒のシロップをたっぷりとしみ込ませたブリオッシュ菓子に「サヴァラン」の名を冠した。また、ノルマンディーで誕生した無類のトリプルクリームチーズにも彼の名が刻まれている。しかし何よりの不滅の遺産は、食卓という日常の儀式の中に宇宙の調和と人間の尊厳を見出した、彼の気高い哲学的精神そのものにほかならない。
「新しい料理の発見は、人類の幸福にとって新しい天体の発見にも勝る」——ブリア=サヴァランが遺したこの言葉は、時空を超えて今なお、食を愛し、生を謳歌する世界中の美食家たちの心に、消えることのない道標として灯り続けている。
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